【執筆ノート】
『〈声なき声〉のジャーナリズム──マイノリティの意見をいかに掬い上げるか』
2024/09/11
社会の奥底に沈み、散逸している主観的な「声なき声」をどのように媒介し、連帯を生み出し、社会に働きかけるのか? それは大衆社会においてどのようにして正当性を獲得できるのか? 本書では、こうした観点からジャーナリズム実践を位置付け直すことを試みました。
慶應義塾大学在学中に私が抱いていた関心は、発達障害のような曖昧で個人的な経験が公共的な議論の俎上に載らないことにありました。社会の構造が生み出す価値体系の中で排除されてきた問題が、個別具体的なものとして切り離されて論じられることに違和感を募らせていた、ということです。そうではなく、さまざまな「生きづらさ」を抱える人々が相互に交わりながら、社会に対して異を唱えるような横断的な政治実践が必要なのではないか。そのような問題意識を抱いた時に、本書の事例の1つである「ハートネットTV」という福祉番組が目につきました。「生きづらさ」という言葉を印象的に用いることで、様々な主観的経験を共有可能なものとして表現し、社会にメッセージを発しようとする。本書ではそうした文化実践からジャーナリズムを捉え直すことをねらいとしています。
そうしている間に、ジャーナリズム実践の正当性についても考えることになりました。相模原障害者施設殺傷事件における優生思想のように、「社会に対して誰もが声を上げられる」という解放の見取り図は、覇権的なプラットフォームの中に飲み込まれてしまい、「何が正しいのか」ではなく「何が自然でもっともらしく感じられるのか」(真正性)が前景化するようになってしまいました。
こうした「なんでもあり」の状況を目前に、本書では、大衆的な文化実践とジャーナリズムの関係から、あえて「真正性」の土俵で競うという戦略を採ろうとする時の矛盾を真剣に考えてみることにしました。
また、本書はご縁があり慶應義塾学術出版基金の助成を受けて出版することができました。巡り巡ってお世話になった慶應義塾から研究成果が公表できることに感謝したいと思います。
『〈声なき声〉のジャーナリズムマイノリティの意見をいかに掬い上げるか』
田中 瑛
慶應義塾大学出版会
288頁、3,520円(税込)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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田中 瑛(たなか あきら)
実践女子大学人間社会学部専任講師・塾員