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【執筆ノート】
『清代知識人が語る官僚人生』

2024/07/16

  • 山本 英史(やまもと えいし)

    慶應義塾大学名誉教授

中国清代の官僚、とりわけ赴任地の住民を直接統治する知県とはどんな役人だったのでしょうか。本書は、私の研究上での長年の友人で、みずからが知県を経験した黄六鴻(こうりくこう)なる人物に狂言回しを依頼し、その実態を語ってもらった一般向けの読物です。

科挙に一発で合格した出木杉君の場合、齢20でいきなり何万、何十万人もの住民のトップに立つ者も間々いました。科挙はその人が有徳か否かを認定する試験で、有徳者と見なされれば年齢や経験に関わりなく、その資格が与えられたからです。

しかし、いざ現場で施政を実践してみると、彼らは数々の難しい局面に遭遇しました。勉強ができることでチヤホヤされてきた秀才坊やが海千山千の人間を相手にするには、これまで自負してきた受験能力だけでは太刀打ちできませんでした。知県の理想を一方的に押し付けると、地元は迷惑千万、協力を望めなくなります。かといって地元の意向に安易に妥協すれば、上からは統治能力を疑われ、左遷が待っていました。

「民を視ること子の如し」、つまり知県は民に対して我が子のような愛情で接することを求められました。しかし、それが御題目に過ぎないことを悟ると、自身本来の金欲から民を搾り取りの対象としか見ないようになりがちでした。民の方もそんな知県の性根を見透かすかのように、「金子銀子が知県様の愛する子なのだ」とからかいました。ただ民ほど怖いものはありません。搾り取りも度を超すと、物言わぬ民の心にも怨念が溜り、離任時には手痛いしっぺ返しを被る破目になりました。

黄君はそんな若者たちに対し、知県とは何たるかを微に入り細に入り説き明かし、そのノウハウを伝授しました。彼は知県の望ましい姿として、自らを律して民の信を得ること、その上で周囲の人間に対しては、何事もやりすぎを抑え、譲るべきは譲って、その関係を円滑に保つことが大切であり、それが無事知県の職責を全うする秘訣だと力説したのです。

私のこれまでの教員人生を振り返れば、黄君から教えられることが多々ありました。読者の皆様がこの書に関心を持たれ、みずからの人生の指針としていただければ、黄君もさぞかし喜ぶに違いありません。

『清代知識人が語る官僚人生』
山本 英史
東方選書
298頁、2,640円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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