【執筆ノート】
『平安王朝と源平武士──力と血統でつかみ取る適者生存』
2024/07/10
私の本来の研究テーマは、室町幕府の将軍でありながら朝廷をも支配した統一権力の持ち主、「室町殿(むろまちどの)」の権力の本質を、儀礼の分析から解明することだった。その研究は、〈鎌倉幕府儀礼はいかにして室町幕府儀礼を用意したか〉という問いに答えなければ進まない。その問いは、〈朝廷で行われてきた公家儀礼と、朝廷の外にあった地方の武士社会の儀礼が、いかにして鎌倉幕府儀礼を用意したか〉という問いに帰着し、〈武士が生まれたのは都の朝廷か、その外の地方か〉という問題に収斂した。その問題を自分なりに考えた成果が前著『武士の起源を解きあかす──混血する古代、創発される中世』(ちくま新書、2018)である。
ただ、前著では武士成立の瞬間(平将門の乱前後)で話を終えた。2世紀半後の鎌倉幕府成立の頃と比べると、まだ大きな段階差がある。その空隙を埋めるべく執筆した続編が今回の著書である。私はさらに、武士の頂点に立たなかった人々に焦点を当てたもう1冊を準備中で、これで私の武士成立論は一段落する。
もっとも、武士文化の一部には朝廷文化が流入しており、朝廷文化には、わが国独自の伝統的要素と外国由来の要素が混在し、特に中国から儒教に根差した《礼》という思想が入った。《礼》思想自体にも歴史的段階があり、どの段階のものが、いつ、誰の、いかなる動機によってわが国に導入されたかは、日本儀礼文化の解明に不可欠の情報だ。
私は、〈礼の来た道〉を原点まで遡り、時系列に沿って古代中国の《礼》思想の展開を追跡し、それが朝鮮半島をどう経由したかを追跡せねばならない。そのためには、定説が存在しない古代朝鮮半島の地理(前漢が直轄支配した四郡の所在地や、高句麗(こうくり)・百済(くだら)の国土・国都の所在地)を復元せねばならない。私はそれらを果たして、古代中国→古代朝鮮半島→古代日本朝廷→鎌倉幕府と、〈礼の来た道〉を時系列的に追跡可能な道筋をつけてから、「室町殿」の儀礼を論じ、それをめぐる社会・文化・権力を論じたい。
その長期的計画の中で今、私がいる地点が本書である。時間との戦いだが、ライフワークにはちょうどよいスケールの計画だと思っている。
『平安王朝と源平武士──力と血統でつかみ取る適者生存』
桃崎 有一郎
ちくま新書
368頁、1,320円(税込)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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桃崎 有一郎(ももさき ゆういちろう)
武蔵大学人文学部教授・塾員