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【執筆ノート】
『松本清張はよみがえる──国民作家の名作への旅』

2024/06/11

  • 酒井 信(さかい まこと)

    明治大学准教授・塾員

私の恩師である文芸評論家の福田和也は、松本清張の『西郷札』を高く評価し、「作家のデビュー作のお手本」として、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの学生によく読ませていた。西郷札をめぐる重層的な時間を短篇に凝縮した名作と言える。清張は、戦後のインフレの中で家族8人の生活費を稼ぐために『西郷札』を記し、賞金10万円(現在の価値で400万円弱)を獲得して、作家として世に出た。

松本清張は高等小学校卒の学歴で、小倉の朝日新聞西部本社などで印刷画工として働き、41歳で作家となり、82歳で亡くなるまで約1,000作を記した。彼が有していた「反骨精神」は、中津藩の下級武士の次男として生まれ、門閥制度に異を唱え、明治日本を代表する思想家となった福澤諭吉先生に通じる。中津に近い小倉を主な舞台にした自伝的小説『半生の記』は、『福翁自伝』と同様に、動乱の時代をたくましく生きる「快活さ」に満ちている。

私が松本清張の作品の中で最初に読んだのは『点と線』だった。後にブルートレインブームを牽引する特急「あさかぜ」を小説の中心に据えた、日本を代表する「鉄道ミステリ」である。九州行きの寝台特急は、博多や下関行きが「あさかぜ」で、私の故郷・長崎行きが「さくら」だった。東京発の寝台特急は、朝日が昇る頃に関門海峡に差し掛かり、寝台車の廊下は、窓外の風景を眺める人々の「懐かしさ」であふれる。私の師匠の福田和也の父親のルーツは佐賀であり、その師匠の江藤淳のルーツも佐賀、私は長崎で、松本清張が小倉、福澤先生が中津なので、みな九州北部に縁がある。

平成不況と令和のコロナ禍を通して、社会格差が広がってきた。オンラインの世界では、人々の「嫉妬」や「怒り」などの感情が吹き荒れ、週刊誌やワイドショーに目を向ければ、「清張的な事件」が現代日本でも数多く起きている。このような時代にこそ、人間の喜怒哀楽が凝縮された多様な作品を通して、「人間の業の深さ」に迫った松本清張に学ぶことは多い。本書で取り上げた50の代表作を通して、戦後日本と九州を代表する作家の「バイタリティ」を感じて頂ければ幸いである。

『松本清張はよみがえる──国民作家の名作への旅』
酒井 信
西日本新聞社
224頁、1,760円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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