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【執筆ノート】
『陰謀論はなぜ生まれるのか──Qアノンとソーシャルメディア』

2024/04/26

  • 烏谷 昌幸(共訳)(からすだに まさゆき)

    慶應義塾大学法学部教授
  • 昇 亜美子(共訳)(のぼり あみこ)

    慶應義塾大学国際センター非常勤講師・塾員

本書の翻訳を思い立った大きなきっかけは、2021年1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件であった。

武装したトランプ支持者が、2020年の大統領選に不正があったと信じ込んで米国の政治の中枢を襲撃するという信じ難い事件であった。訳者の1人(烏谷昌幸)は、政治とメディアの関わりを研究している。そのこともあって、荒唐無稽な「不正選挙」陰謀論がどのようにして生まれ、どのように広まったのかを明らかにしなければいけないという強い問題意識を持った。

事件後、ある偶然からQアノンの主張を支持する日本人の青年と話す機会を得た。都内在住30代で清潔感のある「普通」の青年であった。この青年と出会ったことで、それまで漠然と抱いていた「トランプ支持者像」や「陰謀論者像」が見事に崩れる経験をした。彼との出会いを経て、陰謀論研究に一層強い関心を持つようになった。

議事堂襲撃事件に衝撃を受けながらも、陰謀論の問題にまるで予備知識のなかった訳者がまず頼ったのが、ソーシャルメディア上の情報であった。通常の社会科学上の課題と比較して、陰謀論に関する状況は遥かに流動的であり、しかも米国に端を発するQアノンの動きが日本に波及して、一定の影響力を持つようになっていく主戦場も、ソーシャルメディアであった。こうした情報収集の過程において、ツイッター(現X)上で陰謀論やカルト団体の動向を監視しているウォッチャーやジャーナリストの方々が発信する情報は大変有益なものだった。本書の存在もツイッター上の陰謀論界隈で大きな話題になっていたことで知った。

途中から義塾法学研究科出身の国際政治学者である昇亜美子が共同訳者として加わった。第2次大戦後に米国が牽引してきたリベラルな国際秩序を動揺させている1つの大きな要因は、米国をはじめとする先進国におけるナショナリズムとポピュリズムの高揚である。その意味で国際政治学の観点からも、米国民主主義の弱体化の背景にある陰謀論は無視できないテーマといえる。メディア研究に関心がある人だけでなく、国際政治学に関心がある人にも是非読んで欲しい1冊である。

『陰謀論はなぜ生まれるのか──Qアノンとソーシャルメディア』
烏谷 昌幸(共訳)、昇 亜美子(共訳)
慶應義塾大学出版会
378頁、2,970円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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