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【執筆ノート】
『大楽必易(たいがくひつい)──わたくしの伊福部昭伝』

2024/04/17

  • 片山 杜秀(かたやま もりひで)

    慶應義塾大学法学部教授

1963年生まれである。東宝のゴジラ、大映のガメラ、松竹のギララ、日活のガッパ。60年代後半に怪獣映画を浴びるように見て育った。そのうち憧れてやまない作曲家と俳優がひとりずつ出来た。俳優の方は平田昭彦さん。1954年の『ゴジラ』(つまりシリーズ第1作)で、かの水爆大怪獣と東京湾の海底で心中してしまう天才科学者を演じた。小学生の頃にファンレターを差し上げ、以来、平田さんが舞台出演すれば、楽屋に花束を持って駆けつけた。陸軍士官学校から旧制一高、東大法学部、三菱商事と進んだのに役者へ。

戦争の翳を背負った特別な人で、子供の私にはいつももっと身体を鍛えるようにと注意を与えてくれた。

作曲家の方は伊福部昭さん。やはり54年の『ゴジラ』の音楽を手掛け、以来、特に東宝の怪獣映画やSF映画には欠かせぬ存在だった。幼稚園の頃から「ドシラ、ドシラ、ドシラソラシドシラ」という、いわゆる「ゴジラのテーマ」が脳髄に叩き込まれ、やがて伊福部が映画の仕事もするクラシック音楽の作曲家と分かると、伊福部のシンフォニーやコンチェルトを聴きたくて、レコードを集め、コンサート通いも始めた。小学生から中学生にかけてのことである。大学生のときには御縁ができ、世田谷の尾山台の御宅に通い詰めるようになった。当時、伊福部さんは口述をベースに自伝を纏める計画をお持ちで、その聞き役とまとめ役に私が擬された。ついに仕上がらなかったのだけれど。でも、その後もずっと、音楽評論家の立場で、コンサートや作品のCD録音にずいぶん関わらせていただき、20年以上にわたって、お話を伺えた。亡くなったのは2006年。そろそろまとめどきか。客観的な評伝らしい評伝はまだ先としても、尾山台での伊福部さんの語りをなるたけそのまま活かしつつ、大正時代の北海道でのロシア人や中国音楽やアイヌとの出会いによって育まれた、伊福部昭という人のあまりに独自な音楽のありよう、そうでなければ生まれ得ぬあのダイナミズムとヴァイタリティについて、本人の独特な物の考え方もたっぷりに、なるたけ生々しく伝えられないか。伊福部の声が少しでも遺せれば。そんなつもりの至らぬ本です。

『大楽必易(たいがくひつい)──わたくしの伊福部昭伝』
片山 杜秀
新潮社
368頁、2,970円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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