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【執筆ノート】
『悼むひと 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』

2024/03/11

  • 遠藤 美幸(えんどう みゆき)

    ビルマ戦史研究者・塾員

もともと戦争にはまったく興味がなかったのだが、気がつけば2002年から戦場体験の聞き取りを20年以上やっている。きっかけは日本航空の客室乗務員時代にたまたま機内で知り合った拉孟(らもう)戦の元飛行兵との出会いだった。

その後日航を退社し、塾大学院経済学研究科に進み、数十年の歳月を経て拉孟戦の研究者になった。当初はイギリス近代史を専攻していたのだが、ある日、あの元飛行兵から「凄惨な『玉砕』戦の史実を後世に伝えてほしい」との主旨の手紙と陣中日誌などが詰まった段ボール箱が自宅に届いた。門外漢の私は途方に暮れて指導教授に相談すると、「縁ある遠藤さんが拉孟戦の研究をやるべきです」と背中を押された。

ビルマ防衛戦の「最後の砦」として策案された拉孟戦(1944年6月-9月)は、史上最悪の作戦として有名な「インパール作戦(1944年3月-7月)」に比べると知名度は低い。援蔣ルート(連合軍の補給路)を遮断するために約1300名の日本軍が中国雲南省の山上で約4万の中国軍と対峙して全滅した拉孟戦場の実相を明らかにするために旧日本軍だけでなく連合軍側の1次史料と元兵士の聞き取りを駆使し、最終的に『「戦場体験」を受け継ぐということ』(高文研)にまとめた。

この度、9年後に上梓した『悼むひと』は、拉孟戦研究をする過程で、研究者というよりも非当事者の「お世話係」という立ち位置で、長い歳月の中で戦友会や慰霊祭で出会った元兵士やその家族の諸々の感情を掬い上げたオーラル・ヒストリーの歴史実践である。実はビルマ戦以外の中国戦線やレイテ沖海戦などの戦域も含まれている。靖国神社に足繁く通う元中隊長は戦友会では「軍隊も自衛隊もいらない!」と放言する。慶應の元学徒兵の意外な語りは実に痛快だ。父から受けた暴力(言)でいまだ心病む遺族もいる。沈黙にも耳を傾け、嘘や矛盾に満ちた語りも否定せず傍らでひたすら聴き続けた。元兵士らが何を思って戦後を生きていたのか。戦友会や慰霊祭に集う元兵士や家族(遺族)の思いも一枚岩ではない。戦争は過去のものではない。私たちが「終わらない戦争」を生きていることに気づくだろう。

『悼むひと 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』
遠藤 美幸
生きのびるブックス
248頁、2,530円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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