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【執筆ノート】
『シェイクスピア、それが問題だ!──シェイクスピアを楽しみ尽くすための百問百答』

2024/01/24

  • 井出 新(いで あらた)

    慶應義塾大学文学部教授

世界中で名前がよく知られているわりにとても謎の多い劇作家シェイクスピア。いつ生まれたのか、どうやって芝居の世界に入ったのか、どんな思想信条をもっていたのか、わからない問題だらけです。それもそのはず、彼の人物や活動を明らかにするはずの日記や備忘録、手紙は残されておらず評伝的資料もごく僅か、残されたのは彼の名前が冠された戯曲37編といくつかの詩集のみ。

しかし謎が多い劇作家だからこそ評伝研究が俄然面白くなるのです。シェイクスピアの場合は作品や資料がまだ比較的多く残っている方で、他のイギリス・ルネサンス期の劇作家たちとなると謎ばかりということも珍しくありません。しかしそれでも作品や残された史料を注意深く読み込み、最新の学問的成果を応用しながら、僅かに残された痕跡から劇作家の仕事ぶりや世界観、宗教的信条、そして作品の意味を推理し、人物像を少しずつ再現する──そこにこそ評伝研究の醍醐味があるのです。

もちろんシェイクスピアの伝記を1冊書けば、そうした面白さを伝えられるかもしれません。ただ、映画作品を10分で鑑賞する「ファスト映画」や、歴史や思想を手軽に要領よく理解する「ファスト教養」が多くの視聴者を獲得する昨今、どれだけ多くの読者が分厚い伝記を手に取るでしょうか。むしろ百問百答の形式で簡潔明瞭にシェイクスピアの何が問題なのかをまとめてみたら楽しいのでは? それが執筆の出発点です。

一方、目標とした到達点は、この本がシェイクスピアという作家を知り、さらに彼の作品に(できれば原文で)親しむための水先案内人となることです。そのため、各問にシェイクスピア本人が答えているかのように、原文からの引用を添えました。例えば「犬派ですか、猫派ですか?」には『終わりよければすべてよし』からの引用“I could endure anything before but a cat, and he is a cat to me”(4.3.242–3)がくるという具合です。「なるほど、ちょっと原文でシェイクスピアでも読んでみようか」と思ってもらえれば勿怪(もっけ)の幸い。巻末には「大修館 シェイクスピア双書 第2集」(全8巻)の広告がチラリ……。

『シェイクスピア、それが問題だ!──シェイクスピアを楽しみ尽くすための百問百答』
井出 新
大修館書店
144頁、1,870円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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