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【執筆ノート】
『教育は遺伝に勝てるか?』

2023/12/19

  • 安藤 寿康(あんどう じゅこう)

    慶應義塾大学名誉教授

のっけからネタバレで恐縮だが、このタイトルへの答えは「勝てる」とも「勝てない」とも言っていない。そもそも出版社から依頼されたのは親御さん向けに行動遺伝学をわかりやすく紹介することだったので、特定のタイトルを想定して執筆したのではなかった。校正が進む中で、そろそろタイトルどうしましょうかとなってから、お任せしますといって、このタイトルになった。

無責任かもしれない。今年、相次いで刊行させていただいた新書は、『能力はどのように遺伝するのか』(講談社ブルーバックス)も、橘玲氏との対談『運は遺伝する』(NHK新書)も、タイトルはすべて出版社任せである。そもそも行動遺伝学が扱うテーマは、タイトルひとつに要約できるような単純な話ではなく、読んでいただければわかる人にはわかる、わからない人にはわかってもらえない、世に出した時から独り歩きすることも承知しているので、じたばたしても仕方がないから、出版社の見識と戦略にゆだねることにしている。

行動遺伝学に、大学院時代から定年を迎えた今年まで、40年あまり関わり続けた。その間、知能、学力、パーソナリティなどの心理的側面から、個人を取り巻く環境の諸側面まで、遺伝の影響が無視できないことを示す頑健なエビデンスを紹介しながら、教育との関係を考え、いまに至る。特に近年、DNAの配列を調べると、個人の知能や学力をある程度予想できるようになった。要するに生まれた時にDNAを調べれば、自分の子どもが慶應に入れそうか無理そうかが、ある程度の確率で言えてしまうようになったのである(これはデータのある白人の話で、日本人では幸か不幸か今のところわからない)。

そんな研究は優生学だと批判するとしたら、そういうあなたが優生思想に加担していることになる。なぜならこの事実を知らないふりをする限り、遺伝的に有利な人が得をするという状況は永遠に変わらないからだ。

ではどうすれば本当の平等が達成できるのか。簡単な解決策などない。しかしせめてこの状況を理解するのに必要な知見を紹介し、広く考えてもらいたいと思っている。

『教育は遺伝に勝てるか?』
安藤 寿康
朝日新書
256頁、935円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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