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【執筆ノート】
『母の壁──子育てを追いつめる重荷の正体』

2023/11/14

  • 前田 正子(共著)(まえだ まさこ)

    甲南大学マネジメント創造学部教授・塾員

少子化が問題だと、この30年様々な施策が打ち出され、異次元の少子化対策も始まります。果たして日本は子育てしやすい国でしょうか。

「子育てしながら働きたい」という願いを持つ母親が、日本社会でどんな壁にぶつかるかを取り上げたのがこの本です。子どもが保育園に入れた人と入れなかった人では、その後どんな違いが出ているかを見るために、2017年10月に調査を実施しました。実施したのは都市部郊外にあるA市。市の協力を得て、2017年の4月入園を目指して市に入所申請した約2300の全世帯に調査を実施しました。6割を超える人の回答がありましたが、中でも目を引いたのが調査票の最後に設けた自由記述欄でした。そこには、母親たちが自分たちの悩みや思いをギッシリ書き込んでくれていたのです。

「保育園に入れず、仕事を辞めることになった」という嘆きだけでなく、家庭での家事育児の夫とのアンバランスな負担や、職場での悩みなど割り切れない母親の声が詰まっていました。個々の母親は個人的な悩みを訴えているのですが、申し合わせたように同じ悩みを持つ母親たちがおり、それは構造的に生み出されている問題だと思われました。

それを読み解くと、母親には「保育の壁」「家庭の壁」「職場の壁」という3つの壁が立ちはだかっており、この3つの壁は互いに絡み合っています。性別分業を前提に、家事育児を妻がすべてを担う男性社員の働き方が標準の職場では、母親は肩身の狭い2軍社員です。家庭で母親が家事育児を全部担っていては、母親は疲れ切ってしまいます。目の前の夫を責める人もいましたが、夫が変わるためにもすべての人の働き方が変わることを期待する声もありました。

母親になることによって就業機会も減り収入も減る。これを子ども罰とも言いますが、日本はそれが最も大きな国です。つまり、子育ての様々な負担が母親だけにかかっており、日本社会では「母親になることは何かを諦めること」との引き換えなのです。子育てを母親の責任だけとせず、社会で子育てを応援し、母親を支える。母親が心配せずに子どもを生み育てることができる環境が必要だと思われます。

『母の壁──子育てを追いつめる重荷の正体』
前田 正子
岩波書店
222頁、1,980円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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