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【執筆ノート】
『民間企業からの震災復興──関東大震災を経済視点で読みなおす』

2023/11/08

  • 木村 昌人(きむら まさと)

    関西大学客員教授・塾員

100年前の関東大震災については様々な形で語られてきましたが、人文・社会の書籍と論文の多くは、東京、横浜の被害状況と日本経済に及ぼした短期的な影響、後藤新平内務大臣の首都再建計画を中心とした帝都復興とそれをめぐる政治的駆け引き、風評により生じた朝鮮人や無政府主義者の虐殺に焦点をあてています。今までの研究で抜け落ちていたのは、経済活動の担い手である実業家・企業・財界の視点と活動です。

そこで本書では、始めにあまり知られていない震災直後の遷都論、とくに陸軍中枢部の今村均少佐の遷都計画を紹介した後、内外の経済界(実業家や企業)の活動を詳しく分析しました。つまり、経済活動の担い手である実業家・企業・財界という「民」が大震災に対してどのような復興構想を持ち、その実現のために「官」(政府や地方自治体)と交渉したか。彼らの構想はどこまで実現したのか。それは近代化を目指した日本社会や日本を取り巻く国際社会にどのような影響を与えたのか。と同時に被災地以外の日本の地方や世界の経済界は震災に対してどのように反応したのかを内外の資料に基づき明らかにしようと考えたわけです。

各地の公立図書館での調査で興味深かったのは、秋田魁新報、河北新報、神戸又新(ゆうしん)日報、関門日日新聞など地方紙の記事でした。まず商業会議所を中心とする財界の迅速かつ積極的な支援活動には驚かされました。次に各地域での震災のとらえ方の違いがよくわかりました。大阪、神戸など関西以西の経済界は、震災後は大阪が日本経済の中心地になると考え、東京、横浜を通らず直接東北地方と西日本経済圏を結ぶ交通網(鉄道と海運)の整備を強く要求していました。また各企業の「社史」には悲喜こもごもの生々しいエピソードが描かれ迫力がありました。

このようにグローカルかつ長期的な視点に立って関東大震災の復興過程を分析すると、1920年代の植民地を含む日本帝国全体の経済地図を塗り替えるほどのもう1つの近現代史が生まれる可能性があったことがわかりました。今後想定される首都直下地震や南海トラフ地震への対策についても示唆を得ることができるでしょう。

『民間企業からの震災復興──関東大震災を経済視点で読みなおす』
木村 昌人
ちくま新書
320頁、1,100円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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