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【執筆ノート】
『脳がゾクゾクする不思議──ASMRを科学する』

2023/10/30

  • 仲谷 正史(共著)(なかたに まさし)

    慶應義塾大学環境情報学部准教授

ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは、「自発的に官能的な感覚をもたらす反応」と研究者が呼ぶ現象です。ASMRを引き起こす感覚情報を得ると、鳥肌が立つといった外から観察できる生理応答が確認できるだけではなく、「リラックスする」といった高次の感性状態を得られることがわかっています。

ASMRを研究することの興味深さは、その現象そのものだけではなく、一般市民がこの現象を発見したことから研究が始まっていることです。YouTubeやredditといったマルチメディアコンテンツを通して一気にASMRコンテンツが拡大し、一部の視聴者から熱狂的な支持を集める作品も数多く生まれました。

私は、米国に留学していた時によく聴いていたポッドキャスト番組を通してASMR現象の存在について知りました。私の研究対象は触れることの科学、触覚科学ですが、視聴覚を通して触れているかのような感覚をも引き起こすASMR現象は、触覚研究を考える上でも興味深い対象でした。新学術領域研究「多様な質感認識の科学的解明と革新的質感技術の創出」のテーマとして「身体や情動に訴えかけるセンシュアルな音響質感メディアの研究」を提案し、環境情報学部に着任してからも音楽神経科学に携わる藤井進也研究室と共同で研究を行ってきました。その研究成果の一部についても、この本では言及しています。

パンデミックの拡大予防として、遠隔会議システムを利用した授業や学習指導が普及しました。地球上のどこにいても会議ができるようになった現在、そのような便利な技術によって、何かが物足りない感覚も同時に感じられているかもしれません。ASMR研究を行うことで、私たちが日常生活で感じている、身体的な情報や情動に訴えかけるような感覚情報がわかると、そのような何かが足らない感覚の根源を理解できて、それを補う方法や情報技術の開発についても検討が進むと私は考えています。市民科学を出生とするASMRの科学が、私たちの知覚世界の科学の発展に貢献できることを示すことを述べた書籍になりました。

『脳がゾクゾクする不思議──ASMRを科学する』
仲谷 正史(共著)
岩波書店
128頁、1,540円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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