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【執筆ノート】
『中世哲学入門──存在の海をめぐる思想史』

2023/10/24

  • 山内 志朗(やまうち しろう)

    慶應義塾大学名誉教授

『中世哲学入門』を書き上げるのに4年ほどかかった。苦労して書いた割には、身内には評判が悪い。「また、入門書ですか」と家族が言う。「新書だから売れ行きも考えないとね」と言い訳する。「売れ行きは後にならないと分からないけど」と首をかしげられた。私は急いで「初心忘るべからず」と言い逃れる。

私のデビュー作は『普遍論争、近代の源流としての』(哲学書房、1992年)、そのサブタイトルが「中世哲学への招待1」であった。その後も『ぎりぎり合格への論文マニュアル』(平凡社新書、2001年)、『小さな倫理学入門』(慶應義塾大学出版会、2015年)を書いた。家族からは入門書の専門家のように見えるらしい。「でもね、中世哲学はほとんどが未踏の大地のままだから、入門書も手引きとして悪くないんだよ」と言い訳を重ねる。

中世哲学というと、一まとまりの哲学であるかのように見えるが、西欧で千年ほど続いた思想の系譜だ。ラテン語での哲学という共通項はあるとしても、内容的には千差万別である。場所・大学・宗派によっても内容も用語法も様々だ。しかも哲学・神学・倫理学・自然学・論理学など広がり、一言で中世哲学など語れないし、家族や親に何を研究しているのか説明するのにいつも困る。

私が中世哲学で研究しているのは存在論で、しかもイスラームの哲学が西洋の存在理解に及ぼした影響だ。本書『中世哲学入門』の主題では、特にドゥンス・スコトゥス(1265年頃から1308年)というスコットランドの神学者の思想に迫った。

彼が主張したのは存在一義性ということだ。存在は神と被造物について同じ意味を有しているという。当たり前のようだが複雑な理論になっている。彼の理論は絶妙に面白くずっと心を掻き立てられている。

複雑になる背景は様々な文化と思想が交錯しているからだ。ギリシアの哲学、キリスト教の神学、そしてイスラーム文化、そういうものの交差点に位置しているのだ。中世哲学の最盛期である13世紀はその醍醐味が味わえる場面なのである。

新書なのだが、少し厚くなり、入門書としては難しくなってしまった。そこは勘弁してほしい。

『中世哲学入門──存在の海をめぐる思想史』
山内 志朗
ちくま新書
398頁、1,265円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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