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【執筆ノート】
『アート・ローの事件簿 盗品・贋作と「芸術の本質」篇/美術品取引と権利のドラマ篇』

2023/08/24

  • 島田 真琴(しまだ まこと)

    弁護士・塾員

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2年ほど前、美術品取引に関する法律を解説する教科書、『アート・ロー入門』を執筆した。その折、編集の岡田智武氏から「選りすぐりの裁判事件を紹介するスピンオフがあったら面白いのでは……」と示唆を受けたのが本書執筆のきっかけである。

岡田氏の助言を受け、今回は一般の読者を対象とする本にした。しかし、今にして思えばこの決断は結構な冒険だった。『アート・ロー入門』も、法律を知らなくても理解できるように配慮したが、それでも「アートに関する法律を学びたい」と思っている読者を想定していた。

しかし、一般書とする場合は、「アートに関心はあるが法律は……」という方にも楽しんでもらう必要がある。そこで、ひとまず法律を離れ、「著名な芸術家や作品が巻き込まれた事件で、ストーリー性があるもの」という観点で、レオナルド・ダ・ヴィンチが訴えたイタリア・ルネサンス期の裁判から赤瀬川原平の「千円札裁判」まで、古今東西の多彩な41の事件を選定した。それらを2冊に分載し、各事件の背景、その後の経緯に加え、対象となる芸術家のエピソードも紹介するようにした。

さて、本当の苦労は一通り書き上げた後に始まる。法律家の文章は、専門用語の多用や特異な言い回し以外にも独特の癖がある。例えば、法律文書は正確性が必須なので、頻出する語句を「以下『○○』という」と定義し、人名や月日は繰り返さず「同人」、「同日」と表記する。各文は短めにし、文体、構文や表現を画一化して執筆者の個性を打ち消す等々。

こうした癖は、長年法律家をしてきた筆者の身に染み込んでいるため、編集者から何度も原稿のダメ出しを受ける羽目になった。数カ月に亘る悪戦苦闘の末、何とか誰にでも楽しめる読み物に仕上がったようだ。もちろん、法律やアート取引実務を知りたい読者のニーズにも応えられるよう工夫している。

以上の経緯からもわかるように、本書は全行程において岡田氏に多大のご尽力をいただいた。心より感謝の意を表したい。

アートを愛する多くの方々に読んでいただければ幸いである。

『アート・ローの事件簿 盗品・贋作と「芸術の本質」篇』
『アート・ローの事件簿 美術品取引と権利のドラマ篇』
島田 真琴
慶應義塾大学出版会
各232頁、各2,420円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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