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【執筆ノート】
『江戸の花道──西鶴・芭蕉・近松と読む軍記物語』

2023/07/21

  • 佐谷 眞木人(さや まきと)

    恵泉女学園大学人文学部教授・塾員

本書に収めた論考は、近世文学の代表的な作者である、井原西鶴、松尾芭蕉、近松門左衛門、上田秋成、四世鶴屋南北、河竹黙阿弥に及ぶ。それらの作者たちが、軍記物語を中心とした中世文学をどのように読みかえて自らの新たな創作へと結び付けたかが本書の主題である。

文学作品を「どう表現するか」と同様に、「どう読むか」もまた、時代や社会の影響を大きく受ける。武士が支配した近世社会では『平家物語』や『太平記』をはじめとした軍記物語が歴史認識の基軸となった。徳川氏は支配の正当性の根拠を清和源氏という系譜の正しさに置くが、それは武士階級全体に及び、極端に系譜を重視する社会を生む。しかし、近世社会を通した貨幣経済の浸透によって、そのような「支配の論理」がほころび始め、やがて無効化するに至る。本書は個々の文学作品の分析を通して、近世社会を支配した歴史観や価値規範のあり方を検討し、その変遷を明らかにすることを目的としている。

私が興味の赴くままに幅広い分野の作品を研究できたのは、「あとがき」にも書いたが、中世文学研究者の故岩松研吉郎先生、近世文学研究者の内田保廣先生、演劇研究者・評論家の渡辺保先生の3人の先生方のご指導を受けることができたことが大きい。

3人の先生方には共通点があり、ともに幼稚舎から慶應である。いわば慶應の学風の中で私は育てられたわけで、さまざまな専門的な知識や、研究の方法以上に私が影響を受けたのは「専門性にとらわれず、なんでも自由に研究してよい」という空気だった。本書に収めた論考のうち『東海道四谷怪談』は、私が学部3年のときに最初に渡辺保先生の講義を受けた作品である。人気の講義で、三田の第一校舎の1階の教室はいつも満席だった。また、『雨月物語』の「浅茅が宿」は、大学院修士課程のときに内田保廣先生の演習で扱った作品で、いつか論じたいと思っていた。それらを出版するまでに30年あまりの時間を要したことを愧じるばかりであるが、そのような懐かしい記憶と共にある論考を出版できたことを、心から嬉しく思う。

『江戸の花道──西鶴・芭蕉・近松と読む軍記物語』
佐谷 眞木人
慶應義塾大学出版会
272頁、3,520円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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