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【執筆ノート】
『美しい住宅へ』

2023/07/11

  • 横河 健(よこがわ けん)

    建築家・特選塾員

慶應義塾で建築を志している人は未だ数少ないようで、今でこそ理工学部や環境情報学部には建築を学べる研究室があるようですが、私自身が慶應義塾高校から芸術の世界に行きたいと思っていた1968年頃ではさらに狭く、文学部に美学があったくらいで建築には程遠かった時代でした。早稲田に医学部が無く、慶應に建築が無いことが我が国の教育界の七不思議の1つと言われていた時代のことですから。

建築とは……私たちの日常の暮らしに最も関係しているにもかかわらず、あまり意識されていないものかも知れません。つまり空気のような存在? 否、そんなことはない。いわゆる建物・「ビル」と「建築」との違いなのではないかと思うのです。……しかしながらここでその違いを説明すると多分この原稿、つまり拙著の紹介ができなくなるので別の機会とします。ただ一言だけ付け加えておくけれど、皆さんがどこか旅行に行って「あれ見た?」とかいうのは大抵建築なのです。

同じように私が建築家として仕事をしていてもなかなか難しいのは、日本の(特殊な)社会構造によるところが大きく、建築家とは? が理解されにくいところがあります。……ということで、皆様にとって最もわかりやすい建築である「住宅」を例に『美しい住宅へ』という本を書き始めたという訳です。建築に限らず私たちが「うわーっ美しいなー」と感じる経験を住宅の場合に置き替えて分解してみせたこと、光・風・窓・家具・建具、あるいは日本らしさとは何か? モダンとは何か?……実際の仕事で出会ったクライアントたちとのエピソードを交えて、分かりやすく解説してあります。

しかしながら、美しさに必要なことを建築家はどのように考えるか?を紐解いていたはずが、次第に日本の特殊な社会制度の話になってきてしまいました。なぜ日本の街は外国のように美しくならないのだろう?

なぜ高級住宅地と言われていた田園調布・松濤・成城・芦屋が今は美しくなくなってきているのだろう?

逆になぜこんな建物が生まれてきてしまうのだろうか? それは望まれて生まれた建築なのだろうか? と問わざるを得なかったのです。

『美しい住宅へ』
横河 健
左右社
240頁、2,860円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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