三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『異国情緒としての堀口大學──翻訳と詩歌に現れる異国性の行方』

2023/05/16

  • 大村 梓(おおむら あずさ)

    山梨県立大学国際政策学部准教授・塾員

翻訳家・詩人・歌人であった堀口大學の名前を知っている学生たちはどのぐらいいるのだろうか。私が本書を刊行したあとで、読んでいた本の翻訳者が堀口大學でした! と学生から嬉しそうに連絡を受けることがあった。実はそれ以前にも、学生が大切そうに胸に抱えている詩集の翻訳者が堀口であることをみかけたこともあったし、実は知らない間に彼の翻訳に触れていることがあるのだと思う。だからそう思うと、堀口が翻訳家として成した役割は非常に重要である。本書は翻訳家堀口大學の活動を訳詩集や日本近代文学という大きな流れのなかで捉え直そうという試みである。

新詩社に10代で参加し、文芸雑誌『スバル』で歌人として活動を始めた堀口はもともと新しい言葉への関心を持っていた。そして彼は外交官である父親の仕事に伴って、20代のほとんどを異国の地で過ごすこととなる。活躍した文芸雑誌での活動を丹念にみていくと、遠い異国の地から送られてくる翻訳・詩歌、随筆をとおして堀口大學自身が異国情緒を帯びた存在へと変化していく様子が浮かび上がってくる。堀口は翻訳詩集『月下の一群』を出版したことによって文壇の耳目を集め、口語体を用いた文体は若い読者たちを大いに刺激した。その訳詩はいまでも若者に読まれているのだ。

また忘れてはいけないのは、堀口は日本モダニズム文学の若手文学者グループ、新感覚派に影響を与えたといわれるフランスモダニズム作家ポール・モラン作品の翻訳も精力的に行ったことだ。モランについての堀口の随筆、そして原文と日本語訳の詳細な比較から、堀口が「新しい」作家としてモランを日本文壇に紹介していたことがわかる。無論フランスでもモランは「新しい」作家として知られていたが、堀口訳は日本で当時求められた「新しさ」に合致したことによって注目を集めた。

詩歌や随筆から異国の地で当時は珍しい日本人としての堀口の戸惑いや郷愁の念をみていると、堀口の作品世界には日本にいる自分の姿と異国の地にいる自分の姿が混ざり合っている。本書を読んだあとに堀口の作品に触れることで、その魅力をより感じられるのではないだろうか。

『異国情緒としての堀口大學──翻訳と詩歌に現れる異国性の行方』
大村 梓
青弓社
258頁、4,400円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事