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【執筆ノート】
『そこにはいつも、音楽と言葉があった』

2023/04/22

  • 林田 直樹(はやしだ なおき)

    音楽ジャーナリスト、評論家・塾員

音楽評論家になりたいと思ったことは一度もなかった。

大学で専攻していたのは仏文だったし、就職するならジャンルは何でもいいから出版社がいいと思っていた。たまたま採用してくれたのが音楽之友社だったおかげで、それまでは趣味の領域に過ぎなかったクラシック音楽が、人生のメインになった。

楽譜や音楽書、そして月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を担当したことで、雲の上の存在だと思っていた演奏家や作曲家に自由に取材できる多くの機会を得た。

花森安治のような生涯一編集者という生き方に憧れていた自分にとって、好きだった会社を辞めて、フリーランスになるという選択をしたのは、大先輩の黒田恭一さんと安原顯さんの2人の助言がきっかけとなっている。このあたりの事情については、本書に詳しい経緯を書いた。

もう1つの大きな転機は、「OTTAVA」「カフェ・フィガロ」という2つのインターネット・ラジオの番組パーソナリティとして、15年以上もセルフ・プロデュースできる機会に恵まれたことである。書き言葉と話し言葉。この2つのチャンネルを得たことで、随分幅が広がった。

こうしてみると、今の自分の仕事は、たくさんの出会いによって突き動かされたものだとつくづく思う。

本書は、約35年間の仕事の中から、批評やエッセイやインタヴュー記事を厳選して38本を収録した「著作集」である。

カラヤン、グールド、フルトヴェングラー、チェリビダッケ、ラトル、小澤征爾、武満徹、ウィーン・フィルやコンセルトヘボウなどについての自分なりに得た事実や重要な情報を盛り込んだ。スティーヴン・ソンドハイムやピーター・ブルック、ゲーテやフローベールやプーシキン、ルオーやモローなど、演劇や文学や美術についてもクラシック音楽と関連付けた記述も多い。フィリップ・グラス、湯浅譲二、アルヴォ・ペルト、ヴァレンティン・シルヴェストロフといった現代を代表する長老作曲家の哲学的な言葉は、本書だけのオリジナルである。

あらゆる音楽好きの方にとって好奇心をそそる読み物として楽しんでいただければ幸いである。

『そこにはいつも、音楽と言葉があった』
林田 直樹
音楽之友社
208頁、2,530円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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