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【執筆ノート】
『残留兵士の群像──彼らの生きた戦後と祖国のまなざし』

2023/03/17

  • 林 英一(はやし えいいち)

    二松学舎大学文学部准教授・塾員

きっかけは、「博論を出版したい」と恩師に相談したことだった。学部時代の指導教員だった小熊英二先生には、私が日本学術振興会特別研究員(PD)のときに、シベリア抑留者だったお父様の聞き取りの道中、博論の構想について話していた。

先生は研究会の先輩である高橋直樹氏を紹介してくださった。高橋氏は、先生のご著書の担当をしたこともある編集者で、博論の出版企画を快く通してくれた。こうして博論の手直しに着手したまではよかったが、ここから迷走する。

そもそも私が残留兵士の歴史に関心をもったのは、20歳の夏に参加したインドネシア語の現地研修で85歳の元残留兵士に出会い、その語りに驚いたことに遡る。その後、国内外で計10名の元残留兵士に聞き取りを試み、文献実証主義の立場から彼らの歴史を叙述してきた。

しかし当事者たちが相次いで他界し、彼らの体験をいかに継承していくのかという課題に直面した。そこでドキュメンタリーや映画などの映像に目をつけ、研究対象をインドネシアからアジア全体に広げ、残留兵士が実際いかなる存在だったのかと、彼らが祖国からどう見られていたのかを、両者のせめぎあいに着目して明らかにしたのが本書である。

その結果、残留兵士のライフヒストリーとインドネシアのナショナルヒストリーを基軸としていた博論とは異なり、ジャーナリズムの先行性に学びながら、残留兵士の歴史と記憶の境界を行き来し、従来の国・地域単位の事例研究を乗り越える包括的な学術書を目指して、多くをいちから書き下ろすことになった。

そのため入稿までに思わぬ時間がかかり、高橋氏にはご迷惑をおかけした。その後、編集の実務を引き継ぎ、完成まで導いてくださったのは、やはり研究会の後輩にあたる伊藤健太氏だった。その伊藤氏の助言もあり、索引作りに取り組んだが、これには骨が折れた。インドネシア人の名字の表記をめぐり、研究室でともに頭を抱えたのは、今となってはよき思い出である。

今後は本書で得られた知見を活かして、残留兵士のエゴ・ドキュメントを読み解き、そこから20世紀の歴史を再構成してみたい。

『残留兵士の群像──彼らの生きた戦後と祖国のまなざし』
林 英一
新曜社
352頁、3,740円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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