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【執筆ノート】
『全ての叡智はローマから始まった──今も生きるローマ人の発想力』

2023/02/18

  • 藤谷 道夫(ふじたに みちお)

    慶應義塾大学文学部教授

本書執筆のきっかけは、日本学術会議会員の任命拒否問題です。権力から市民を守ることが民主国家の義務であるにもかかわらず、国家自らが権力を行使して市民の自由を抑圧しました。与党の議員に民主主義とは何かを説明するには、民主主義が生まれた古代ローマから説き起こすことが重要だと思ったからです。

例えば、日本語で「国家」と訳される原語は「レース・プーブリカ」と言い、「みんなのもの」という意味です。国家は誰かの所有物ではなく、皆のものですから、皆の権利や福祉が最優先されます。一方、日本語の「国家」は元々「大王(天皇)のもの」でした。これはロシア語のгосударство(ゴスダルストボ)と同じです。原義は「支配者の所有物」という意味です。日本人はminister を「大臣」と訳しましたが、原語はラテン語で「より小さき者(しもべ)」の意味です。

この調子で、「民主主義」の意味も誤って理解されてきました。日本の問題は、基本概念の誤った理解に端を発しています。このため、今でも「人権」の意味がよく解っていません。この誤解を解き、「民主主義」や「人権」「法」の意味を正しく理解してもらうために、ローマの歴史から説き起こし、科学・土木技術や軍事、文学までを1冊に網羅しました。どの分野にも見られるローマ人の発想の根幹を理解してもらうためです。

例えば、ローマの皇帝は戦争で手にした莫大な戦利品を金銭に替えて、全員の福利厚生のために使いました。円形闘技場をはじめとする各種の娯楽施設や広場・ショッピングモール、大公衆浴場、貧窮者のためのベーシックインカム制度などです。エジプトのファラオは凄まじい富と権力を集中してピラミッドを建造し、秦の始皇帝は始皇帝陵や兵馬俑を作りました。これらは民に何の役にも立ちません。ローマ人は代わりに、ローマ世界に住む誰もが無料でその恩恵を享受できるよう、ローマ世界全体を網羅する敷石舗装道路や水道橋を建設しました。EUのシェンゲン協定は、このローマ領域内での自由な移動を雛型としています。当然、人種差別もローマにはありませんでした。

ローマ人の叡智は現代のわれわれにも役立つはずです。

『全ての叡智はローマから始まった──今も生きるローマ人の発想力』
藤谷 道夫
さくら舎
410頁、2,200円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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