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【執筆ノート】
『Qを追う──陰謀論集団の正体』

2023/01/24

  • 藤原 学思(ふじわら がくし)

    朝日新聞記者・塾員

占いを信じる人がいる。よくわかる。私の母もそうだ。「今年の運勢は」とか、「あなたの特性は」とか、うれしそうに、あるいは心配そうに言ってくる。どうやら、占いを人生における道しるべの一つにしているらしい。私はいつも、笑って聞き流す。

陰謀論を信じる人がいる。「世界が影の政府に操られている」と思い込み、新型コロナウイルスの感染拡大は「計画されたパンデミック」、そのワクチンは「人類削減のための殺人兵器」と言い張る。覚醒した自分たちこそが、子どもたちを救わなければならないとの「正義感」に駆られ、刑事事件まで起こす。

よくわからない。

よくわからないけど、知りたい。

そんな動機から、米国発の陰謀論集団「Qアノン」を追った。駐在していたニューヨークを拠点に、誕生から発展、日本への広がりまで。また、集団が信奉する謎の人物「Q」の正体を突き止めようと試みた。

無視したり、嘲笑したりするのではなく、彼らやその周辺に丁寧に取材することを心がけた。陰謀論の危険性について読者に警鐘を鳴らすとともに、「Qも、Qアノンも、我々と同じ社会に暮らす生身の人間である」ということを示したかった。

陰謀論は誰かを傷つけかねない。「占いだから」といったような前提がなく、陰謀論はそのまま「事実」として受容され、行動の強い動機となる可能性がある。事実(ファクト)と虚偽(フェイク)がないまぜになった世界では、人殺しだって起きる。実際に米国では、陰謀論が動機になったとみられる殺人事件が相次ぐ。

家族関係の破綻もそうだ。日本も例外ではない。私のもとにも「家族が陰謀論を信じ、会話ができなくなった」という叫びが寄せられる。

残念ながら、陰謀論を信じきっている人たちに本書は届かない。彼らの情報空間は隔絶され、それが居心地の良さやアイデンティティーにつながっている。

ただ、それでも、生活空間は開かれている。お互いが「生身の人間」として日々、同じ社会に暮らしている。完全に扉を閉じさせないように、少しでも開いたままにしておくように。本書がそのための「つっかえ棒」のような存在になればと願う。

『Qを追う──陰謀論集団の正体』
藤原 学思 
朝日新聞出版
256頁、1,870円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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