三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『子犬の絵画史──たのしい日本美術』

2022/12/16

  • 金子 信久(かねこ のぶひさ)

    府中市美術館学芸員・塾員

もしこの本が売れたら、一番の功労者は円山応挙だとしても、二番目はカバーを考えたデザイナーの島内泰弘さんに違いない。はじめは、出版社や編集者と話し合って、応挙が描いた三匹の子犬が遊んでいる場面にしようということになり、島内さんもそれに従って作ってくださった。ところが同時に出てきた本自体の表紙は、一匹の頭部の「どアップ」。島内さんの目の付け所に驚いた。表紙はカバーを外さないと見えないし、単色の印刷である。読者が一生見ない可能性だってある。それではあまりにもったいないし、これをカラーのカバーにしようと意見が一致し、ご覧のデザインとなった。各地の書店でも「面出し」で陳列され、愛嬌を振りまいているようだ。

この本は、中国・朝鮮から伝わった子犬の絵が日本でどう展開したかを眺める、絵画史の本である。編集者と5年がかりで構成を考え、116点を選んだ。中国・朝鮮風が色濃い狩野派や伊藤若冲の子犬に対して、そのスタイルをベースにしつつ「本物みたいに描く」という革新を起こしたのが、江戸中期のリアリティーの画家、応挙である。周辺や後世への影響も凄まじい。応挙の絵をできるだけ集め、「応挙犬一九選」と題し、その重要性を更にプッシュしたのは、編集者のアイディアだ。

奇想で知られる同時代の画家、曾我蕭白が、応挙の絵は「画」ではなく「図」だと蔑んだと記す江戸時代の本があるが、美術史研究が進んだ今でも、どろどろしたところのない応挙の絵を、冷たい、薄っぺらいなどと感じる人はいる。冷静に物の形を捉え、筆触に感情を込めることを避けた応挙は、要するに対象が何であれ、突き放し、そこに澄んだ美しさを表現した。しかし、子犬は別である。描き方は複雑で、薄い墨や絵の具で丹念に、生きた筆触を重ねている。何より雄弁なのが、目だ。薄茶色で形を表し、その上から墨を滲ませながら、瞼と黒目を点じる。そうして生まれる子犬は、まるで人のような表情を浮かべ、時に気弱で、時にやんちゃで、「心」に溢れている。応挙にはこんなにも人間み豊かなレパートリーがあったのだと、この本のカバーをじっと見ては嬉しく感じ入っている。

『子犬の絵画史──たのしい日本美術』
金子 信久 
講談社
192頁、2,860円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事