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【執筆ノート】
『慶應義塾とアメリカ──巽孝之最終講義』

2022/11/19

  • 巽  孝之(たつみ たかゆき)

    慶應義塾大学名誉教授、慶應義塾ニューヨーク学院長

福澤先生がアメリカへ渡ったのは1860年と67年。二度の渡米を経て、先生はアメリカが代表する近代的民主主義を日本へ根付かせるべく、トマス・ジェファソンの「独立宣言」(1776年)の本邦初訳を行った。その影響下に書かれた『学問のすゝめ 初編』(1872年)は今年で刊行150周年を迎える。

さらに福澤先生は、原則的に一切の宗教を認めなかったにもかかわらず、ジェファソンとの関連が深いユニテリアンだけは尊重した。キリスト教的三位一体を否定し、イエスを救世主としてよりは人間的な預言者とみなすこの啓蒙主義的宗派の思想は、今日のアメリカニズムの根幹を成す。それを先生が知ったのは、北米のコーネル大学とイーストマン大学に留学した長男一太郎からだった。孫で『福翁自伝』英訳者でもある清岡瑛一先生の留学先がジャズ・エイジ時代のコーネル大学だったのは、偶然ではないだろう。

このように、慶應義塾は初期からアメリカとの関係が深い。1982年に勤務して以来、この学府にアメリカ研究の拠点を設けるのは長年の夢だった。かくして私は、12年ほど前に常任理事だった阿川尚之氏と語らい、慶應義塾G‐SECアメリカ研究プロジェクトを立ち上げた。これはのちに慶應義塾アメリカ学会へ発展解消し、2019年には国際シンポジウムを行い、2020年には学会誌創刊号も刊行した(https://keioamsa.wixsite.com/mysite)。従って、アメリカ文学者として慶應義塾に勤務した38年間を総決算するべく、本書には表題作である最終講義とともに、折にふれて講演してきた未発表原稿「モダニズムと慶應義塾」、さらに福澤先生と同い年の文豪マーク・トゥエインの戯曲の分析を中心にした最新論文「作家生命論の環大陸」を加えた三篇を収めた。

全三編から成る構想は、昨年3月、最終講義を行った直後に、それを本にしたいと申し出てくれた版元へ提示したものである。まさか最終講義を終えた2カ月後に伊藤新塾長より慶應義塾ニューヨーク学院長に任命され、文字通りアメリカへ渡ることになるとは夢にも思わなかった。

本書の主題は、まだまだ完結しそうもない。

『慶應義塾とアメリカ──巽孝之最終講義』
巽  孝之
小鳥遊書房
280頁、2,640円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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