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【執筆ノート】
『農家はもっと減っていい──農業の「常識」はウソだらけ』

2022/11/14

  • 久松 達央(ひさまつ たつおう)

    株式会社久松農園代表・塾員

私は1994年に経済学部を卒業後、化学繊維メーカーの営業を経て、農業に転身した新規就農者です。実家は農家ではなく、農園はゼロからの立ち上げでした。

学生時代を過ごした平成の入口は、日本の貿易黒字が拡大し、日本の農産物市場が強い開放圧力を受けていた時期です。大学の講義やゼミの中でも、農業の保護主義をどう考えるか、というテーマは盛んに議論されていました。

ところがその後、日本の農政が大きく方針転換することはなく、過保護にされた農業は本当に弱体化してしまいました。「弱者のレッテル」が貼られた農業はまるで腫れ物扱い。他産業のようにオープンに議論することがはばかられるような有様です。

私は、日頃から農業に関心を持つ学生や若い社会人とよく話しますが、彼らにとって農家は手を差し伸べる対象です。農業を支援することは、対象が誰であろうと無条件にソーシャルで善なること、と信じている人が圧倒的に多いのです。

実際には、現代の農業は集約と規模拡大が進行しています。売上500万円以下の零細な農家が激減する一方、売上規模3000万円以上のクラスターは年々増加しています。そして、数の上では4パーセントに過ぎないこの上位層が、全農業産出額の5割以上を稼いでいる構造です。食産業全体を貫くバリューチェーンの中で農業は産業になり、農家はビジネスマンになってきています。旧来の零細農家や、農業を古い視点でしか観ていない一般の人々は、このことを知らないため、未だに「農家が減って大変」「儲からない可哀想な農家」と言いますが、そのイメージは実態と大きく乖離しています。

8月に刊行された拙著『農家はもっと減っていい──農業の「常識」はウソだらけ』では、産業化・大規模化が進む農業の実態や、これまで集約が進まなかった理由、新規参入者の実態など、現在の農業の姿をくわしく紹介し、その中で小さな経営体や条件不利地域の農業がどうあるべきか、現場の農業経営者の視点から論じています。ぜひご一読いただき、農業を見る目をアップデートしていただければと思います。

『農家はもっと減っていい──農業の「常識」はウソだらけ』
久松 達央 
光文社新書
384頁、1,144円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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