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【執筆ノート】
『男が心配』

2022/11/10

  • 奥田 祥子(おくだ しょうこ)

    近畿大学社会連携推進センター教授・塾員

約30年前、新聞記者になりたての頃、冷静沈着で毅然と政治家ら権力に立ち向かう先輩の男性記者に憧れた。30歳代で男性読者の多い週刊誌に配属となり、社会で優位に立ち、強いと思い込んでいた男性が、実は職場や家庭で様々な悩みを抱え、誰にも打ち明けられずに苦しんでいる姿を目の当たりにし、激しく心揺さぶられた。男性の生きづらさの本質を探索する道程の始まりだった。

あれから20年余り。この間、慶應義塾で研究を再開し、調査・分析法を磨いた経験が今に生きている。博士学位を授かり、数年前に大学教員となった。これまで1人ひとりに最長で22年に及ぶ継続インタビューを行い、継続調査の対象者は男性だけでも500人を超える。

本書では恋愛・結婚から、わが子の育児、出世競争、老親や妻の介護、定年後の生き方まで、人生の節目で男性が直面する問題を取り上げ、社会的要因を分析している。

就職氷河期世代のある男性は、低収入で女性に選ばれない悔しさを糧に職業能力を磨き、43歳で正規職に就いたのも束の間、長年の非正規経験のハンデから昇進できないのではないかと不安を募らせる。出世競争に敗れたある男性は、育児に携わって妻に評価してもらうことで自己の存在価値を見出そうとしたが、不本意な「仮面イクメン」状態の過度なストレスから児童虐待に及ぶ。

彼らの生きづらさの根底にあるのが、「出世して社会的評価を得なければならない」「妻子の経済的・精神的支柱であるべき」などの固定的な「男らしさ」のジェンダー規範だ。

経済・社会構造の変化などにより、旧来の「男らしさ」規範を具現化できず、〝落伍者〟の烙印を押されて苦悩する男性が増えている。彼らは、抑圧されている側の人間なのだ。

男性にもジェンダー平等が必要である。女性は長年抑圧されてきたが、男性も長時間労働や私生活の犠牲を強いられ、ジェンダー規範からの逸脱への厳しい世間の目にさらされてきた。男性のためのジェンダー平等政策を、本書で提案している。

男性の生きづらさが軽減されれば、女性も生きやすくなる。真のジェンダー平等実現に向け、多角的に考える一助に本書がなれば幸いである。

『男が心配』
奥田祥子 
PHP研究所
248頁、1,100円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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