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【執筆ノート】
『女性兵士という難問─ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』

2022/10/20

  • 佐藤 文香(さとう ふみか)

    一橋大学大学院社会学研究科教授・塾員

「口紅とライフル、女性兵士の意外性」というちょっと扇情的なタイトルの記事(朝日新聞デジタル 2022年8月13日)――ウクライナ侵攻をきっかけに、女性兵士の存在にこのところにわかにスポットライトが当たるようになった。若い男性の間では、少し前からSNSで「フェミニストはジェンダー平等を主張するのに、兵役の男女平等を訴えないのはおかしい」といった主張も散見されている。フェミニストを「男性のようになりたい女性」に解消するのは端的に言って誤解だが、女性の軍隊参入をめぐっては、これを支持するフェミニストと警戒するフェミニストの間で激しい論争が繰り広げられてきた。視点の取り方によって「加害者」にも「被害者」にも見える女性兵士の存在は、フェミニズムにとって常に「難問」だった。

本書では、フェミニズムと女性兵士とのこの一筋縄ではいかない多様な関係を示しつつ、「女性兵士は是か非か」といった議論に拘泥するのではない形で問題を論じることを心がけた。一方で、彼女たちの経験から現象を見つめることは、戦争や軍隊の男性中心性を明らかにするうえで欠かせない。他方で、女性兵士の数や華々しい活躍に目を奪われることで、わたしたちの目が何から逸らされるのかに注意を払うことが必要だ。ウクライナの場合にも、「女性ですら国に残って戦おうとしているのだから」と、成人男性の総動員令を正当化し、国際的な共感をウクライナへと集める効果をもっていただろう。

ジェンダーは軍事化を推し進め、戦争を首尾よく遂行する際の要である。国家は国のために命をかける男性を「男らしい」とする価値観に依拠するが、その際、女性たちの「女らしさ」にも訴える。男女を特定の役割に配置し、戦争を遂行するにあたっては、ジェンダーの価値観の醸成と操作が不可欠なのである。

前著『軍事組織とジェンダー――自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会)からたっぷり17年。長年の宿題をやっと提出したような思いである。本書が、戦争・軍隊の批判的考察にジェンダーという視角が不可欠であると説得的に示すことに成功しているかどうかは、読者の判断を待ちたいと思う。

『女性兵士という難問─ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』
佐藤文香 
慶應義塾大学出版会
330頁、2,640円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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