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【執筆ノート】
『フリースタイル言語学』

2022/09/13

  • 川原 繁人(かわはら しげと)

    慶應義塾大学言語文化研究所教授

学問には「お作法」がある。小学生が算数を理解するためには足し算の定義を、大学生が心理学を専攻するためには、実験手法や統計を学ばなければならない。言語学でも同様なのだが、私自身が大学生だった時、「言語学にはこういう分析作法があるから、まずそれを身につけてね」と頭ごなしに教えられることに違和感を覚えた。「本当にその分析方法が正しいのか?」という疑問が拭いきれなかったのだ。だから、私が教える時には、身近な体験を切り口に言語学の魅力を伝えることに専念し、分析作法は陰に忍ばせている。

本書でも、ほとんどの話を私自身の体験を起点として語ってみた。私が結婚の挨拶のため妻の実家に伺った際、ご両親の鼻濁音に聞き惚れることで緊張をほぐした「素敵な鼻濁音ですね」。私がメイド名を研究していた際、メイドさんにナプキンを投げつけられてひらめきを得たエピソード「バズりの裏側」。そのメイド名研究がいつの間にかプロのラッパーとのコラボにつながった「わらしべ長者、川原繁人」。私にとっても驚きであった北山陽一さんとの出会いの裏話「おぬしは何者だ?」。娘の「燃え死ぬ」という発言を「萌え死ぬ」と勘違いし、彼女とすれ違った思い出をもとに言語の曖昧性を語った「曖昧な日本語の問題」。

他にも、ALSの患者様を対象として彼らの声を救うプロジェクトや新型コロナウイルスに関するデマ情報を多言語に翻訳するプロジェクトなど、過去の著作で触れた問題も扱った。しかし本書では、私がどのような思いをもってそれらに関わり、何を感じ、何を学んだかを非常に個人的な視線から書いてみた。いつの間にか言語学の分析作法を武器に、ありとあらゆることを分析した本が出来上がった。プリキュア・メイド・ポケモン・日本語ラップ・子育て、なんでもあり。我々は毎日言語を使って生活しているのだから、「なんでもあり」になるのは当たり前と言えば当たり前だった。本書の執筆を通して、言語学のお作法を用いれば、人間言語の緻密さが浮かびあがってくることも再認識できた。大学時代の自分に「今学んでいるお作法は、こんなにも役に立つんだよ」、そう語りかけていたのかもしれない。

『フリースタイル言語学』
川原繁人 
大和書房
352頁、1,980円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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