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【執筆ノート】
『サイバー文明論──持ち寄り経済圏のガバナンス』

2022/09/05

  • 國領 二郎(こくりょう じろう)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

慶應義塾の教員になった時から、いつか文明論を書きたいと生意気なことを考えていた。実際に書いたものが、福澤先生が心血を注がれて導入された西洋の近代工業文明にケチをつけているようにも読めるものになってドキドキしている。

きっと笑って赦して下さると思うのは、先生が文明を単に工業などの「形」ではなく、独立の気力からなる精神であると喝破されたり、いち早く知財権などの無形な財の存在を認知されたり、時事新報のような情報をビジネスモデル化する取り組みをされたりした方だからだ。福澤先生が今日のデジタル社会をご覧になったら、必ず新たな文明の登場を感じ取って下さったはずだと都合よく考えている。

デジタル経済の特性が工業経済と根本的に異なっているとの感覚は長らく持ち続けてきた。くわしくは本を読んでいただきたいが、ネットワーク外部性、低限界費用、高トレーサビリティ、複雑系などのデジタルネットワークの特性は工業経済の前提を覆すものだ。それが結果として所有権概念を中心に構築されてきた、法体系や市場を含む統治構造を問い直すべき局面を生んでいる。それは哲学にまで遡って近代を問い直す作業となる。明治維新の際に西洋哲学を導入し、憲法や民法を制定したのと同じレベル感での取り組みが必要だ。

持ち寄ることで価値を生むデータの世界のことを考えると、データまでを「所有物」と考える方向に走っている昨今の個人主義的志向性を見直すべきではないかという主張をしたところで、西洋と真っ向からぶつかってしまうことにもビクついていた。ところが、本書に先立ってデジタル経済の統治のためには西洋式の個人主義よりも東洋の利他の哲学の方が向いているのではないか、という喧嘩を売るような論文を書いたところ日本でより欧州の方々から多く反響をいただいた。どうも近代工業文明本家の欧州でも路線の根本的見直しが必要なのではないかという感覚が共有されているようだ。

ということで、ドキドキ、ビクビクしながら挑戦的に書かせていただきました。ご批判をいただけたら幸いです。

『サイバー文明論──持ち寄り経済圏のガバナンス』
國領二郎
日本経済新聞出版
248頁、2,200円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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