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【執筆ノート】
『満洲国グランドホテル』

2022/07/18

  • 平山 周吉(ひらやま しゅうきち)

    雑文家・塾員

今度は満洲の観光案内本ですか、と言われてしまった。満鉄が大連や奉天で経営したヤマトホテルのイメージが強烈だからだろう。『満洲国グランドホテル』というタイトルは確かに紛らわしい。

「グランドホテル」とは映画の形式で、人物が次から次へと登場し、特に主人公はいない。誰もがホテルの滞在客のように、現われては消えていく。満洲事変で成立した満洲国は、日本の敗戦により、わずか13年半で潰えた。満洲を訪れた日本人は、骨を埋める覚悟の者も旅行者もすべて「滞在者」に過ぎなかった、という意をタイトルには籠めた。

「滞在者」のうちから36人を選び出し、彼ら彼女らの人生の中での満洲の重みを、エピソード中心に描き、昭和の日本と日本人にとって「満洲」とは何だったかを知ろうとした。私にとっては昭和史散策、昭和史再考の1冊である。

「三田評論」からの執筆の誘いを機に、36人の出身校を調べてみた。そうしたら慶應関係者は1人だけだった。ダイヤモンド社の創業者・石山賢吉である。軍人、官僚、ジャーナリスト、映画人が多かったので、東大と陸軍士官学校が圧倒的に多いのは当然だが、それにしても1人というのは意外な数字だった。

副主人公ならば、興味を惹かれた三田出身者がいた。女優の木暮実千代の夫として登場する和田日出吉である。武藤山治が経営する時事新報社で告発報道を華々しくやり、その勇み足で満洲に流れる。満洲国が許容した「再チャレンジ、前歴ロンダリング」組の1人で、その親玉といえる甘粕正彦(満映理事長)とは最後まで親しかった。

満洲国の初代総務庁長(日系官僚のトップ)駒井徳三の著書『大満洲国建国録』は当時のベストセラーだが、その本の担当者兼ライターだった中央公論社の中村恵も三田出身である。中村氏は戦後には慶應通信(現慶應義塾大学出版会)の取締役編集部長となっている。

前著『江藤淳は甦える』の時に購入した本も思いがけず役に立った。江藤氏の義父の上司・武部六蔵は最後の日系官僚トップだが、「甘んじて犠牲者」となる道を選ぶ。満洲にはそうした日本人もいたのだ。

満州国グランドホテル
平山周吉
芸術新聞社
568頁、3,850円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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