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【執筆ノート】
『スピノザ──人間の自由の哲学』

2022/05/24

  • 吉田 量彦(よしだ かずひこ)

    東京国際大学商学部教授・塾員

単行本を1冊書き下ろしたのは、日本語では本書が初めてです。気がつくと50歳を過ぎていました。大学3年の春学期、スピノザの著作に初めて触れてから、ちょうど30年の時が流れていました。

17世紀のオランダを生きた哲学者スピノザについて、一般読者にも気軽に手に取ってもらえるような入門書を書いてみたいという気持ちは、以前から持っていました。そしてどうせ書くなら、スピノザの主要著作を読み解いて思想の概略を紹介するだけでなく(これはこれで欠かせない作業ですが)、その生涯をまるごとたどり直すような本にしてみたいと思っていました。

そう思っていたのには、直接的な理由と間接的な理由があります。直接的な理由というのはごく単純で、スピノザはその生涯と思想がトータルで面白い哲学者だからです。俗に「44年2カ月と27日」とされるスピノザの生涯は、短いながらも波乱含みで、さまざまなエピソードに満ちています。それらのエピソードのどれ一つとしてスピノザらしくないものはありませんし、また反対に、それらのどれ一つが欠けても、スピノザはわたしたちが知るスピノザにはならないような気がするのです。

間接的な理由は、スピノザの生涯と思想をバランスよく紹介した入門書というのは、端的に少ないからです。これまで書かれた国内外のスピノザ入門書は、その多くが思想の紹介に特化したつくりになっていて、生涯については大急ぎで触れる程度の扱いです。もちろんスピノザの生涯に正面から取り組んだ著作もありますが、こちらは細かすぎる考証に終始した結果、どれもこれも電話帳のように分厚く、どう見ても初学者向きではありません。

執筆を始めるにあたり、その辺のバランス感覚の理想としてわたしの念頭にあったのは、工藤喜作『スピノザ』(清水書院)でした。しかしこの本も刊行から40年以上が経過しており、今日の研究水準から見直すと、とくに生涯の記述に誤りが散見されます。工藤さんのバランス感覚を継承し、かつ、21世紀の研究水準を適切に反映させられるよう苦心を重ね、そうしてできたのが本書です。お楽しみいただければ幸いです。

『スピノザ──人間の自由の哲学』
吉田量彦
講談社現代新書
416頁、1,320円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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