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【執筆ノート】
『思考実験──科学が生まれるとき』

2022/05/16

  • 榛葉 豊(しんば ゆたか)

    元静岡理工科大学情報学部講師・塾員

この本が世に出るまでには紆余曲折がありました。もともと私の実家は伊豆の旅館で、私自身もそこで育ちましたが、家業ではなく学者としてやっていく決心を固め、理論物理学で学位を取ったのが今から約40年前のことです。しかし、時を同じくして父が亡くなり、旅館の負債を返済するために結局旅館業を経験することに……。その後、新設大学に職を得たものの学者として順風満帆とはほど遠く、とどめは10年前の旅館火災でした。3万冊の蔵書が灰となり、すべてを失いましたが、同じ年に初めての「思考実験」の本が化学同人から上梓され、その本が縁で、本書が生まれました。

前著と異なり、今回の本では、思考実験とは何をすることなのか、その実行法、うまい思考実験の特徴は何かなどの説明に前半を費やしました。世界には法則があるのだというのが近代科学の精神の一つです。そもそも実際の実験とは、科学的探究の中でどのような位置づけと意義を持っているのかということから始まり、実験による実証行為を仮説演繹法という概念で整理してみて、それを頭の中の論理的推論のみによって成し遂げるのが思考実験だという観点でこの本は書かれています。極限状態の実験を、精密な計算などは排して、目で見ているような操作的手順でやって見せて、法則・原理・仮説の妥当性を吟味するわけです。シミュレーションのような類似の方法との違いにも留意しています。

後半では、何のための思考実験かという観点での分類によって章分けをして、おもに物理学の思考実験に関して、実際の例をすべて仮説演繹法の構成をなぞり説明してみました。

本書では、検証の論理である仮説演繹法に先立った、そもそも仮説をどう思いつくのかという、発見の論理は扱えなかったので、それは今後の課題です。自然科学の思考実験は、近代科学の後裔である諸科学の発想法、視点論、納得の仕方などの典型です。私は、文理を超えて「学は一つ」と考えていますが、思考実験という題材は直接的なその表れになっていると思います。本書では文系の思考実験についての考察もしていますので、そこを読み取っていただけたら幸いです。

『思考実験──科学が生まれるとき』
榛葉豊
講談社ブルーバックス
248頁、1,100円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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