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【執筆ノート】
『哲学で抵抗する』

2022/04/19

  • 高桑 和巳(たかくわ かずみ)

    慶應義塾大学理工学部教授

哲学の入門書を書いた。しかし、読者を哲学史の本道に導きたかったわけではない。そもそも、私自身が本道とは縁遠い人間である。

それでも、哲学の何たるかについては自分なりにではあれ考えつづけてきたし、その考えを伝えたいという思いはずっと抱いていた。

とはいえ、それを本にまとめるのは厄介だ。じつを言うと、十年あまり前にも一度、哲学の入門書を書かないかと誘われ、お受けしたことがある。しかし、そのときは準備不足だった。何年もの呻吟の後、その話はお断りすることになった。

さて、私は「哲学の民主主義」に与(くみ)する者である。つまり、誰もが「哲学する」ことができるのでなければならないし、誰もが「哲学し」ているというのがこの世の望ましい風景だろうと考えてもいる。

譬(たと)えてみよう。職業的な画家はいるが、それとは別に、誰もが絵を描くことができる。描けないと思っている人でも描ける。もちろん、技法や美術史をふまえるのはかまわないが、描きはじめることにとってそれは本質ではない。そんなことでやる気を削いでもしかたがない。

哲学もそれと同じであって、哲学史を抜きにしても誰もが哲学に取りかかれるべきである。入門という体裁にとってこのような立場は自明とも思えるが、世の哲学入門は私に言わせればまだまだ威圧的である。できれば哲学史を学んでほしいという浅ましい欲気が感じられる。

哲学史(とくに西洋哲学史)の文脈を極限まで取り除いたうえで、各人の生得的な「哲学する」力自体へと読者を目醒めさせよう──と、十余年前の私も思った。そのためには、誰をも等しく訪れる哲学的契機が強調されるべきだ。そこで、当時の私は「ひらめき」を軸に本をまとめようと考えた。しかし、それは結局うまく行かなかった。

失敗の決定的な原因だったのは、当のひらめきを生む元となるものに対する私の考えがはっきり定まっていなかったということだろう。そして、今回はそれがある程度定まったため本を出すことができた。

抵抗を生む状況、これこそが「ひらめきの元」である。さて、ここで紙幅が尽きた。続きは本書で。

『哲学で抵抗する』
高桑和巳
集英社新書
224頁、902円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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