【執筆ノート】
『アメリカ音楽の新しい地図』
2022/02/18
本書の原型は、2016年暮れにトランプ当選を受けて3回のコラム連載を依頼されたことにある。
このテーマが現代アメリカ音楽文化論として1冊の書に値すると考えたのは、まず第一に音楽をめぐるメディア環境の変化が挙げられる。
2010年代は、前世紀末に出現したインターネットに音楽業界が適応した最終段階だとみなすことができる。この間、ファイルシェアリング、有償ダウンロード、ストリーミングと音楽は「購入」するものから「アクセス」するものへと変化した。
私はこの転換を第二次世界大戦期のアメリカ音楽産業と重ねていた。ラジオという新しいメディアが普及した1940年代に、アメリカでは作曲家、実演家、ラジオ業界の利益団体が対立し、ボイコットやストライキなど激しい衝突が起きた。だがこの混乱を通して音楽の流通経路が変化し、結果的にロックンロールという新しいジャンルが誕生するきっかけになったのだ。ではストリーミングというメディアの登場は、新しい音楽の台頭に繋がるのだろうか。
1990年代以降、ヒスパニックやアジア系などマイノリティー人口の増加もエンタテインメント業界に大きな影響を及ぼしていた。レゲトンやラテントラップなど中南米系のリズムも合衆国の音楽シーンで顕著になっていたし、映画やドラマ業界におけるアジア系俳優の「可視化」は誰が見ても明らかであった。トランプ政権の誕生は、そうした流れへの抵抗とも捉えることができるが、政治的反動と文化変容も本書を形作る重要なテーマとして浮上した。
当初は1、2年で本にまとめるつもりが諸事情で叶わず、最後の2章は10年ぶりのサバティカルで滞在したアメリカで書き上げた。客員研究員として所属したハーバード大学はロックダウンが続いたものの、文献のデータ化が進んだおかげで私は図書館を訪れることなく──パンデミックを論じた最終章のキーワードは「脱身体化」である──多くの資料を閲覧することができた。偶然とはいえ、コロナ禍、BLM運動、トランプ敗北とバイデン政権誕生を現地で見届けたことが、本書の執筆に区切りをつける決定的な要因となったのだ。
『アメリカ音楽の新しい地図』
大和田俊之
筑摩書房
248頁、1,760円〈税込〉
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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大和田 俊之(おおわだ としゆき)
慶應義塾大学法学部教授