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【執筆ノート】
『報道現場』

2022/01/19

  • 望月 衣塑子(もちづき いそこ)

    東京新聞社会部記者・塾員

今も「望月vs菅官房長官」の印象が強いのだろう。「菅さんって結局、どんな人だったの?」などと〝過去形〟で尋ねられることがある。彼が〝終わった〟政治家かといえば、全くその指摘はあたらない。単に表舞台にいないから見えづらいだけだ。

2017年の菅義偉官房長官(当時)会見での質問をきっかけに、不本意ながら注目を浴びた。ネット上でバッシングされ、電話での殺害予告も受けた。官邸は一部のクラブ詰め記者を抱き込み、「変な記者」というレッテル貼りにいそしんだ。進行役の官邸職員からは質問妨害も受けた。正当な理由があるようにみせかけ、こそこそとやる陰湿な手口だ。

おかげでいいことがあった。私が官邸に乗り込むきっかけとなった伊藤詩織さんの性暴力被害や、加計学園をめぐる「怪文書」問題は、より広く世間に知られることになった。質問に正面から答えない政府首脳や、記者クラブ主催のはずの会見が、官邸にすっかり主導権を握られていることが可視化された。

そんな私の周辺のドタバタに編集者が興味を持ち、執筆に至ったのが、映画の原案にもなった『新聞記者』(角川新書)だった。今回の『報道現場』はその続編の位置づけだ。本書では、官邸の嫌がらせが強まり、新型コロナウイルスの感染拡大もあって会見に出席できなくなった時期から、安倍晋三氏の後任の首相となった菅氏がコロナ対策の失敗で支持率を落とし、解散も打てずに1年で退陣する頃までの間、私が取材したり、関わったりしたテーマを綴った。

法令違反の日本学術会議の任命拒否問題、国会答弁を無視した検察庁法改正案、国際条約違反の外国人長期収容問題──。本書では政府の対応を批判しているが、読み取ってもらいたいのはそれだけではない。

長期政権が続き、有力政治家や官僚ら権力側とのなれ合いが続いたせいで、報道機関のチェック機能は衰え、ジェンダー平等や人権尊重の認識が古いままアップデートできていない。報道現場こそ問題の根は深い。

既存メディアが調査報道にコストをかけなくなったり、訴訟リスクをおそれて権力監視や批評をやめてしまったりしても、表に出なければ誰も気づかない。これが一番ヤバいのだ。

『報道現場』
望月衣塑子
角川新書
272頁、990円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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