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【執筆ノート】
『14歳からの個人主義──自分を失わずに生きるための思想と哲学』

2022/01/14

  • 丸山 俊一(まるやま しゅんいち)

    NHKエンタープライズエグゼクティブプロデューサー/東京藝術大学客員教授・塾員

「個人主義」を書名に入れることには出版社の企画会議でも賛否議論があったらしい。自分のことしか考えない利己主義と混同、誤解されかねないというわけだ。だがもちろんそんな意図は毛頭ない。中身を読んでくださればむしろエゴイズムを捨てるきっかけになること請け合いだ。

漱石の講演録に「私の個人主義」がある。生涯を賭ける覚悟に値する道を、若き日に悩んだ末の漱石は一体どう見出したのか、自らの経験、思いを学習院の学生たちに熱く説いた記録だ。この100年以上前の漱石の言葉は、今こそ訴えるものがある。

コロナにまつわるあれこれも相まって、何となく靄がかかったような生きづらさが覆う昨今、大人も子どももともすれば、頭でっかちな「空中戦」で消耗しがちな社会にあるように思う。デジタル化、データ化が加速するネット社会の渦の中、自らが体感、挑戦する前から「情報」に囲まれて、アルゴリズムに支配される人々。結果、自分自身の心との対話を避け、自分で自分を追い詰めてしまう人も多いように感じられる。

「欲望の資本主義」という企画を映像で、活字で続けている。数年前には『14歳からの資本主義』を上梓しており、今回の「個人主義」は、その続編の意味も持つ。思考の軸足を社会から個人に移した時、テクノロジーが、データばかりか人の心まで商品化していくが如き社会の中、どう免疫力を養うべきか、そんな問いへの処方箋のつもりもある。

漱石に始まり、ラカン、フロム、老荘、モンテーニュ、西田幾多郎……など、「歴史上の巨人」たちのカギ括弧を外し、いつの時代も、「とかくに住みにくい」「人の世」(『草枕』)の中で、彼らがどう自分のありよう、生き方を守ってきたのかを考える。翻って僕らが現代社会に個として向き合うことについての試論だ。ビジネスパーソンにも響くメッセージの要素もあると信じる。

誤解されやすい「個人主義」だが、個人の自立なくして国家の発展もないと考えた福澤先生なら漱石の「個人主義」をどう捉えたか、考えて楽しくなった。思考の角度は異なれども同じ山を違う道から登った2人。

次回作は「14歳からの独立自尊」といきたいところだ。

『14歳からの個人主義──自分を失わずに生きるための思想と哲学』
丸山俊一
大和書房
272頁、1,650円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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