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【執筆ノート】
『歴史をどう語るか──近現代フランス、文学と歴史学の対話』

2021/12/21

  • 小倉 孝誠(おぐら こうせい)

    慶應義塾大学教授

日本人は歴史好きの国民である。出版社は日本史、世界史を問わず多くの巻で構成される歴史書シリーズを刊行し、雑誌は英雄・偉人の特集を組み、テレビは歴史上の人物を主人公にしたドラマや教養番組を繰りかえし放映する。現代人は歴史から何を学ぶのか、という問いかけがそこに潜んでいる。

しかし歴史は、英雄や偉人だけで作られるものではないし、大きな事件だけで形成されるわけでもない。無名の民衆が歴史を動かし、一見何げない出来事や心性の推移によって歴史は動いてきた。文学と歴史学はそのような歴史の底流に着目してきたのである。本書は近代フランスを中心にして、文学と歴史学が歴史のメカニズムをどのように把握し、歴史を語る方法をどのように練りあげたかという問題を論じる。

フランスでは、リアリズム文学と、学問としての歴史学が19世紀前半の同時期に成立した。現代では、文学と歴史学はまったく異なる分野として扱われる。しかし当時、両者は虚構と事実、物語と学問(科学)として対立したのではなく、どちらも歴史の現実を解釈し、国民の習俗を叙述する言説として相互補完的に位置づけられていた。

第1部では、バルザック、ユゴー、フロベールなどを取りあげながら、文学がどのように歴史を表象したかを論じた。リアリズム文学は、一方では現在を歴史として読み解く姿勢を鮮明にし、他方では過去のなかに現代に通じる課題を認めていた。だからこそ、当時は歴史小説が数多く書かれたのである。

第2部では、ミシュレ、コルバンなど歴史家の著作に依拠して、歴史家がときに文学の技法に触発されながら、歴史を語る多様な「詩学」を試みてきたことを示そうとした。

現代フランスでは、独自の手法で第2次世界大戦を語る歴史小説のすぐれた作家や、歴史叙述のなかにみずからの「私」を登場させる歴史家もいて、文学と歴史学の関係が新たな局面を迎えているようだ。とても興味深い現象だと思う。

本書では、歴史認識や、歴史における偉人像の創出をめぐって、日本の状況についても簡潔に述べた。手に取っていただければ幸いである。

『歴史をどう語るか──近現代フランス、文学と歴史学の対話』
小倉孝誠
法政大学出版局
328頁、3,520円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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