三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『女人禁制の人類学──相撲・穢れ・ジェンダー』

2021/12/14

  • 鈴木 正崇(すずき まさたか)

    慶應義塾大学名誉教授

2018年4月、大相撲の舞鶴での地方巡業中に、土俵上で挨拶中の市長が突然倒れ、医療関係者の女性が救命のために土俵に上がった。「女性は土俵から降りて下さい」というアナウンスが相撲関係者から流れ、人の生命に関わる事態なのに「女人禁制」とは何事かと非難が巻き起こった。この出来事を契機に、「土俵の女人禁制」だけでなく、山岳霊場や祭礼、酒造りやトンネル工事などの「女人禁制」を問題視する議論が沸騰し、『女人禁制』の著書がある筆者のもとには、新聞や週刊誌、テレビやラジオなどの取材が殺到した。本書では、その時の経験をもとに、ジェンダーの議論を踏まえ、文化人類学の立場から女人禁制について再考して今後の課題を提示した。

第1章の「相撲と女人禁制」では、伝統とは何かについて考察し、現在の相撲の伝統の多くが明治42年(1909)の初代国技館開設以降の「創られた伝統」であったことを明らかにした。相撲は国技という言説も近代の創造である。「土俵の女人禁制」は近代に導入された表彰式で顕在化したことを指摘し、今後の改良すべき方向性を示唆した。

第2章の「穢れと女人禁制」では、女人禁制や女人結界の生成と変化をたどり、禁制の理由とされる女性の穢れの考察を行い、聖地や霊場の禁忌、女性観の変貌を論じた。近代では女人結界の解除後の動きや、現代のマスコミの女人禁制概念の拡大に関しての批判的検討を行い、最後にスリランカやインドの穢れ観を取り上げ日本との比較研究を通じて穢れの一般論を展開した。

第3章の「山岳信仰とジェンダー」では、女人禁制に関する言説を歴史、習俗、社会運動、差別に分け、ジェンダーと関わらせて論じた。現在も女人禁制を継続する大峯山の山上ケ岳山麓の洞川を中心に変遷を検討して、講集団や修験道との関わり、国立公園や世界遺産による影響を論じて今後の課題について検討した。

女人禁制に関しては、反対派は「差別」から議論を始め、維持派は「伝統」にこだわり平行線をたどってきた。本書は差別と伝統のニ者択一を乗り越えて、多様な選択肢があることを示唆し、開かれた対話と議論を促す実践的試みである。

『女人禁制の人類学──相撲・穢れ・ジェンダー』
鈴木正崇
法藏館
388頁、2,750円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事