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【執筆ノート】
『中国料理の世界史──美食のナショナリズムをこえて』

2021/11/17

  • 岩間 一弘(いわま かずひろ)

    慶應義塾大学文学部教授

中国/中国系の料理が世界各国に広がっているなかで、日本の中国料理はどこまでユニークなのか? 近現代の世界史にとって重要な出来事である国民国家の成立は、アジアの料理や食文化をどう変えたのか? そんな素朴な疑問から、各国へと「食旅」に出かけ、しつこく歴史を調べて回ったのが、本書である。

第1部では、そもそも「中国料理」が1つの料理体系としての体裁を整えたのは、わりと近年であることを見た。中華民国期の食都・上海などでは、各地方料理の流行変化が激しかった。1949年に中華人民共和国の首都となった北京で、それらの精髄が集められて、国家宴会用の料理が作り上げられ、外交の場で利用された。ローストダックが「北京ダック」として世界的に有名になるのは、この頃からである。便利な中国「4大料理」の説明様式も、1960年代ごろにようやく登場した。

続く第2部では、アジア各国の国民食になっている中国系料理に注目して、その形成過程を比較・検証した。シンガポールのチキンライス、ベトナムのフォー、タイのパッタイ、フィリピンのパンシット、韓国のチャジャン麺などは、いずれも日本のラーメンの「親戚筋」にあたり、各国で愛されている。これらが国民食となるまでには、さまざまな政治力学が働いていたことを浮き彫りにしようとした。

第3部では、アメリカやイギリスなどにおける中国料理の普及を論じた。米欧でもユニークな中国食文化の発展が見られるのと同時に、華人とその文化に対する人種主義的な見方に関わる問題が露わになった。他方で、中国料理の普及には、日系人をはじめとするアジア系の人々も、不可欠な役割を果たしていることがわかった。

そして第4部では、以上のような世界史的な視点をふまえて、改めて日本の中国料理を見直した。回転テーブルの日本発祥説に見られるような、無意識の文化ナショナリズムは自制したい。だが、日本の中国料理は、その歴史の豊かさ、浸透の深さ、文化的な多様さで際立つところがあり、日本料理と同じように愛し、守り、盛り上げていきたいという思いを深めた。

『中国料理の世界史──美食のナショナリズムをこえて』
岩間 一弘
慶應義塾大学出版会
652頁、2,750円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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