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【執筆ノート】
『中国共産党の歴史』

2021/10/20

  • 高橋 伸夫(たかはし のぶお)

    慶應義塾大学法学部教授、慶應義塾大学東アジア研究所所長

中国共産党は1949年に内戦に勝利するまで、いつ頓死したとしてもおかしくはなかった。第一次国共合作が崩壊して農村に追いやられた1927年、国民党軍によって苦難の逃避行を強いられた1934年、日本軍と国民党軍による二重の攻勢にさらされた1941年──いずれの時点をとっても、組織が消滅していても不思議はなかった。したがって、同党の100年は、なぜか生き延びた政治組織が全国的権力を握り、大躍進や文化大革命など極端な事業に手を染めた後、やがて世界最大の政党となってグローバルに影響力を行使するに至る物語である。なぜこの組織は生き延びたのか。

1920年代と30年代において、党組織の頂点部分には、世界革命の理念と実践に通じた人々が君臨していた。だが、地方組織となると、革命の理念にはまったく無頓着な人々が、ひたすら生存と社会的上昇を求めてそれぞれの「革命」に携わっていた。紙幅の関係で十分に盛り込むことはできなかったが、党の内部資料には、地方組織がもっぱら営利誘拐によって財政を賄っていた事実のみならず、党員による営利殺人、数々の強姦事件、アヘンの生産など、およそ共産党という名称からは想像もつかない数々の行為が記録されている。このような共産党員らしからぬ、なりふりかまわず生存を追い求める人々が「生命維持装置」となって党を存続させたのである。

だが、中国革命を世界革命の一部にしようとする、さらには前者に後者を先導させようとする願望は消えたわけではなかった。そのような願望はときに指導者に憑依し、革命の軌道を大きく変えたのである。そして、「上から」の要請と「下から」の熱狂が共鳴したとき、革命の事業は「暴走」をはじめ、極端な性格を帯びた。極端さこそが中国共産党の運動の特徴である。それは習近平の時代にも失われていない。この先、再び人を驚かせるような事業に同党が乗り出したとしても、おそらく読者は驚かないだろう。それは100年におよぶこの「政党」の成長過程の観察から得られる教訓だからである。

本書が中国共産党を長い時間的展望のもとにおいて考える手がかりとなれば幸いである。

『中国共産党の歴史』
高橋 伸夫
慶應義塾大学出版会
384頁、2,970円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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