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【執筆ノート】
『事実婚と夫婦別姓の社会学』

2021/10/07

  • 阪井 裕一郎(さかい ゆういちろう)

    福岡県立大学人間社会学部専任講師・塾員

本書は事実婚と夫婦別姓をめぐる問題を、事実婚当事者におこなったインタビュー調査を通じて、社会学の視点から検討したものである。

当事者には、法律婚を望みながらも、「夫婦別姓」を実現するためにやむを得ず事実婚という選択を強いられている人が少なくない。事実婚の顕在化は、家族が「多様化」したことの一例として挙げられることも多い。しかし、それには、多様性を排除する法制度ゆえに生じている側面もある。本書では、法律婚を否定的にとらえる枠組みを再検討し、法律婚か事実婚かという枠をこえて多様性の承認を考えていくことの重要性を示している。

1章では、事実婚言説の歴史的変遷について考察しているが、資料を集めるなかで、自分の抱いていた思い込みが覆された。それは、法律婚主義は保守側の主張であり、事実婚主義はリベラル側の主張だという前提である。しかし、明治期から1980年代半ばまで、事実婚主義は一貫して保守側の主張であり、リベラルな研究者たちは法律婚の徹底化を主張していた。ここでは、現在とは真逆のこの構図が何を意味するのかを検討し、法を抑圧的にとらえる見方に再考を迫っている。

現在の選択的夫婦別姓制度をめぐる賛否も、保守対リベラルのような単純な図式で把握できるものではない。伝統的な価値を重んじるがゆえに選択的夫婦別姓に賛成する者もいれば、婚姻制度や戸籍そのものの廃止を目指すがゆえに反対の立場をとるリベラルもいる。2章では、夫婦別姓をめぐる錯綜した議論を整理しその絡まりを解きほぐすことで、選択的夫婦別姓制度の正当性の所在について論じている。

終章では、夫婦別姓や同性婚の立法化をめぐる「リベラルの内なる対立」という問題を検討する。ここでは、リベラルな研究者には「家族」や「結婚」の価値を否定することではなく、その価値を新たに再構築することが求められると主張した。社会に広がる孤立や分断を克服するという課題に直面するなかで、繰り返し立ち現れる偏狭な「保守」の家族礼賛言説にわれわれはどう抗うべきなのか。本書がその1つの手がかりとなれば幸いである。

『事実婚と夫婦別姓の社会学』
阪井 裕一郎
白澤社
192頁、1,980円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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