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【執筆ノート】
『AIの経済学──「予測機能」をどう使いこなすか』

2021/09/08

  • 鶴 光太郎(つる こうたろう)

    慶應義塾大学大学院商学研究科教授

2010年代半ばごろ、雇用の影響を含め、AIに対する悲観論が急速に広がった。その背景にはAIを「限りなく人間に近い知能を持つロボット」と漫然と考えてしまい、「得体の知れないもの」、「理解できないもの」に対する恐怖心が先行してしまったことがあると考えられる。

人間が複雑なのは、そうした対象にしばしば興味、好奇心を抱くことがあることだ。当時から、AIが人間の暗黙知に踏み込むなど、これまでの技術革新とは本質的に異なることは認めつつも、AIに対する過度の悲観論を正したいという気持ちを筆者は持ち続けてきた。

AIへの悲観論が広がった時期からすでに5年以上が過ぎ、AIの活用がビジネス、日常生活にも急速に浸透するにつれて、AIに対する過度の悲観論はやや後退しているようにみえる。また、AIに関する多数の書籍が出版され、AIの基本的な機能や具体例を丁寧に解説している本も少なくない。

しかし、筆者が気になったのは、「木を見て森を見ず」という議論が依然として多いことだ。AIの機能に深入りしたり、個々の事例を紹介するといった「木を見る」ことは行われても、AIの経済・社会全体への影響を検討するといった「森を見る」ことは案外行われていない。そうであれば、AIが経済・社会に与える影響について、系統的に整理された多くの事例と筆者の専門である経済学における研究成果に基づき、総合的に評価することは意味があるのではないか。これが本書を執筆しようと思い立った理由である。

本書のタイトルは、『AIの経済学』であるが、従来、出版界では「~の経済学」と名のついた本は売れないというのが相場であった。一般読者にとって、経済学は小難しくて敷居が高いということは事実であろう。しかし、豊富な事例を紹介することで経済学の知識がない高校生でも読み進めることができるように配慮したつもりだ。

AIの「森を見る」旅に出発した読者のAIに対する見方が「得体の知れないもの」から「人類とお互いに補完し合い、共存することで一緒に明るい未来を築ける大切な存在」へと変わることを期待したい。

『AIの経済学──「予測機能」をどう使いこなすか』
鶴 光太郎
日本評論社
200頁、1,870円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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