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【執筆ノート】
『命に〈価格〉をつけられるのか』ハワード・スティーヴン・フリードマン著

2021/08/10

  • 南沢 篤花(訳)(みなみさわ あいか)

    翻訳家・塾員

筆者はジャズの流れる家庭に生まれ育った。そのせいか、かなり早い段階より黒人文化や人種差別問題に興味があった。

そして私は女性であり、日本の労働市場ではマイノリティである。会社員時代には、ボーナスの特別調整項目とかいうわけのわからぬ項目で、同期の、ほぼ同じ仕事内容の男性と比較して、10分の1の金額をつけられたことがある。周囲の同僚は皆、「これは何かの間違いやろ。部長に言ったほうがいいよ」と言った。だが間違いではなく、それは私が女性だからであった。昇給も同期の男性よりはるかに遅く、そして私はフリーランスの翻訳家になった。

塾員で法政大学教授の酒井正先生の『日本のセーフティーネット格差』を読んだ。公的年金は、会社員であれば、国民年金と厚生年金の2階建てになっており、厚生年金の給付額は在職時の賃金に比例する。また、フリーランスである私には雇用保険もなく、病気でもして仕事ができなくなれば、収入は即ゼロになる。つまり、会社員で、男性でなければ、社会的弱者になった時に、命の〈価格〉が大幅に低くなるということだ。

新卒で正規雇用に就けなければ、その後もなかなか正規雇用には就けない、という統計データもある。

女性の労働市場進出も増え、育児や介護、就職氷河期に学卒期を迎えたなどさまざまな理由により、非正規雇用、あるいはアルバイトやフリーランスで働く人も増加して、雇用が流動化するなか、人々の命を支えるセーフティーネットであるはずの社会保険に格差が生じている。

今、コロナ禍のなか、緊急事態宣言のたびに飲食店いじめのような政策が採られている。補助金の給付も遅れ、廃業に追い込まれた人も少なくないはずだ。ワクチン接種の進捗状況も自治体によってまちまち。

こうした世の中に違和感を覚えているのは私だけではないだろう。

人の命にはつねに何らかのかたちで〈価格〉が付きまとうが、弱者の声は届きにくい。

本書は、具体例を挙げて、命の〈価格〉についての問いを投げかけるものだ。本書を読んで、そうしたことを今一度考えていただけたら幸いである。

『命に〈価格〉をつけられるのか』ハワード・スティーヴン・フリードマン著
南沢 篤花(訳)
慶應義塾大学出版会
320頁、2,970円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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