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【執筆ノート】
『内側から見た「AI大国」──アメリカとの技術覇権争いの最前線』

2021/07/19

  • 福田 直之(ふくだ なおゆき)

    朝日新聞東京本社経済部記者・塾員

本書は2017年4月~20年8月に朝日新聞の北京特派員として見聞きした内容に基づき、中国のテクノロジーと米中技術覇権争いに焦点を当て、大枠を解説したものである。

中国で経験した3年半は中国現代史だけでなく、ニクソンショック以来の米中関係史から見ても、大きな転換点と言える時期だったと思う。

習近平国家主席は反腐敗運動によって政治権力を固め、独裁的な統治を強めた。イノベーション駆動のデジタル経済が牽引し、経済は減速しながらも着実に成長した。一帯一路やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の展開は、国際秩序を中国が主導しようという意図が込められていた。鄧小平が提唱したとされる「韜光養晦(実力を隠し力を蓄える)」路線との決別は明確になった。

一方、米国ではトランプ氏が大統領に就任し、米国の覇権に挑戦しようとする中国への対決姿勢を強めた。追加関税の応酬となった貿易摩擦、そして本書が重点的に取り上げる技術覇権争いと次々に中国に攻勢をかけた。米国大統領は21年1月にバイデン氏に交代したが、人権に関してより強硬な姿勢がとられるなど、米中の対立は深まるばかりだ。我が国には両国の対立の中をしたたかに生き抜く知恵が求められる。

新書はわかりやすさが重要で、泣く泣く落としたエピソードもある。だが、本書が差別化できるとすれば、経営者の声を多く載せられた点ではないかと思う。華為技術(ファーウェイ)の任正非氏、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)氏、世界の半導体業界のキーマンである台湾TSMCの張忠謀(モリス・チャン)氏、中国半導体業界の先駆者である張汝京(リチャード・チャン)氏ら重要な経営者に直接話を聞けたことは著者にとって財産になった。

イノベーションをリードするスタートアップ企業の若手経営者の生の声も盛り込めた。こちらは中国について知り尽くしている中国在住の専門家の方々からも好評をいただいた。

本書の出版は慶應義塾大学に在学していた当時から取り組んできた、著者なりの中国研究の1つの到達点である。現在も折に触れご指導いただいている国分良成名誉教授には、心よりお礼を申し上げたい。

『内側から見た「AI大国」──アメリカとの技術覇権争いの最前線』
福田 直之
朝日新書
272頁、935円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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