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【執筆ノート】
『DXとは何か──意識改革からニューノーマルへ』

2021/07/12

  • 坂村 健(さかむら けん)

    東洋大学INIAD(情報連携学部)学部長・塾員

筆者は1984年より、生活環境に数多くのコンピュータが組み込まれ、ネットワーク連携して人間を助ける──今で言うIoTが普及した世界を実現するためにTRONというプロジェクトを進めてきた。その中で多様な組込み機器開発の効率化とイノベーション加速のため、リアルタイムOS標準を研究開発しソースコードを含めてオープン化する活動を続けてきた。

このTRONプロジェクトの成果が日本の家電や自動車、携帯電話などの発展を支え、その優位性の一助ともなったと自負している。しかし、その活動を進める過程で、TRONは企業のビジネスモデル、さらには国の産業政策といったものに関わることにもなった。日米貿易摩擦に巻き込まれ、スーパー301条の対象候補にされたこともある。そういった大学研究室を超えた経験から得た教訓はICTの分野では純粋技術だけではなく、技術設計と同程度かそれ以上に制度設計やビジネスモデルといった文系分野が重要ということだ。

一時は「電子立国」とまで傲っていた日本だが、まさにその本丸であるインターネットの登場によるオープンイノベーションの波に対応できず凋落してきた。その過程で感じたのは、まさにその「技術と制度の両輪」で未来をデザインできない──そして強いゼロリスク願望とギャランティ志向により「オープン」に抵抗する日本の構造的問題だった。今頃になり「デジタル庁」といい、新型コロナ禍によって「国民ID」の多様な利用の必要性に気がつくなど、その典型と言っていい。

「DX」とは、デジタルとインターネットが可能にしたオープンイノベーションに対応できるように組織ややり方を根本から変える構造改革だ。その理解なくしてDXは不可能だ。どう構造改革するか、その前提としてマインドセットをどう変えるか──本書は、TRONプロジェクトを長年続けてきて歯がゆく感じてきた日本の問題点をもとに、そういったDXに関する哲学面を語っている。DXの技術に関してというより、むしろ技術だけがあってもDXができないのはなぜか、その先に行くにはどうするかに興味のある方に読んでいただけると嬉しい。

『DXとは何か──意識改革からニューノーマルへ』
坂村 健
角川新書
248頁、990円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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