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【執筆ノート】
『ハイブリッド戦争──ロシアの新しい国家戦略』

2021/05/29

  • 廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

本書はロシアの「ハイブリッド戦争」を分析することによって、現代戦の実態、ロシアの新しい軍事・外交戦略を解き明かしたものである。

正規戦・非正規戦が組み合わせられた21世紀型戦争である「ハイブリッド戦争」は、2014年のロシアによるクリミア併合でにわかに世界の脅威として認識されるようになった。正規戦・非正規戦を組み合わせる戦術は古くからあるが、現代においては、サイバー攻撃、情報戦・宣伝戦など新しく、かつきわめて対応が難しい要素が重要な意味を占めるようになり、戦い方が明らかに変わったのである。それは米国大統領選挙に対するロシアの介入、所謂ロシアゲートでも注目されたところだ。

他方、ロシアにおいてはハイブリッド戦争という言葉はほとんど使われないものの、それに該当する現代型戦争は、クリミア併合を経て、軍事コンセプトからロシアの外交政策の理論に準じるものに変わった。そして、ハイブリッド戦争に注目することで、ロシアの外交の狙いやその複雑な実態、そして次の一手までもが見えてくるのである。

筆者は2014年度にフィンランドで在外研究を行ったが、ハイブリッド戦争に対する欧米の強い危機感を目の当たりにし、また滞在中に同国にEUやNATO諸国等が参加する「ハイブリッド脅威対策センター」が設置されたことで、この問題への意識がさらに強まった。加えて、筆者が研究の視座に置いてきた旧ソ連諸国がつねにロシアのハイブリッド戦争の脅威にさらされてきたことに鑑み、本問題を追究することこそが、ロシア外交の本質を詳らかにすることに直結すると考えたのが、本書の執筆に至った経緯である。なお、本書の編集は義塾同期の所澤淳氏(95法卒)が担当して下さり、本書は義塾の研究の果実でもある。

ハイブリッド戦争は対岸の火事ではなく、東京オリンピック・パラリンピックがロシアのサイバー攻撃の目標にされていたことが明らかとなっているし、日本もロシアの対米ハイブリッド戦争の一部に組み込まれていると筆者は考えている。本書が、日本人もハイブリッド戦争を喫緊の問題として考える契機となってくれれば嬉しいかぎりである。

『ハイブリッド戦争──ロシアの新しい国家戦略』
廣瀬 陽子
講談社現代新書
352頁、1,320円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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