三田評論ONLINE

【執筆ノート】
『日産・ルノー アライアンスオーラルヒストリー─グローバル提携時代の雇用・労使関係』

2021/05/26

  • 八代 充史(共編)(やしろ あつし)

    慶應義塾大学商学部教授

このたび、塾内外の友人たちと上梓した『日産・ルノー アライアンス オーラルヒストリー』は、日経連の文書を対象にした過去2回に続くわれわれのオーラルヒストリー第3弾である。オーラルヒストリーとは、歴史上の重要な事件を体験した方々に、直接インタビューした内容を資料として後世に残すという「話された歴史」である。今回は1999年にルノーによる日産への資本注入(これを、アライアンスと言う)に関与された6名の証言を採録した。日本企業が「外資化」すると、長期雇用に代表される雇用や労使関係はどうなるか。こうした問題意識に基づいて、村山工場閉鎖に伴う雇用調整やクロス・ファンクショナル・チーム、MBOによる企業再生や商品開発の新制度について、当事者から得られた証言は貴重な資料である。本書はカルロス・ゴーン氏の逃亡や、日産とルノーの社内政治といった時局ネタとは一線を画している。

今回出版を通じて聞き手と話し手がコミュニケーションを円滑に取り、信頼関係を構築することがオーラルヒストリーにとっていかに重要かを痛感した。2018年11月19日、羽田空港の「捕物帳」以来カルロス・ゴーン氏の評価は一変する。映画のタイトルではないが、文字どおり「天国と地獄」である。

もちろん、歴史上の事実は唯一つ。それはゴーン氏の逮捕とは関係ない。しかし理屈はそうであれ、実際にはこの点が原著者の立場に影響する。E・H・カーの名言のとおり、「歴史とは、現在と過去との対話」なのである。部内限の報告書はともかく出版には多くの原著者が逡巡した。「20年前のアライアンスの評価は、今回の件とは直接関係ありません。貴重な発言を後世に残しましょう」、何度も電話やメールで懇請して、証言をお願いした8名中6名から出版にご同意いただいた。誠に有難く、衷心から感謝の意をお伝えしたい。

ところで本書は、アライアンスに関与した複数の方の証言を聴取したため、結果は必ずしも整合的ではない。当事者としては、自分の発言こそ一番正確だと思うが、研究者としては、矛盾の解明にこそ知的好奇心をそそられる。是非真実の解明は読者の手に委ねたいと思う。

『日産・ルノー アライアンスオーラルヒストリー─グローバル提携時代の雇用・労使関係』
八代 充史(共編)
慶應義塾大学出版会
320頁、3,960円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事