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【執筆ノート】
『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』

2021/05/13

  • 松本 佐保(まつもと さほ)

    日本大学国際関係学部教授・塾員

なぜキリスト教福音派は、トランプを支持するのか? この疑問に答える本を書きたかった。前著はアメリカを「神の国」と自負する福音派について扱ったが、トランプ大統領誕生の数カ月前に出版されたからだ。

本書ではトランプ政権の4年間の、彼を支持する福音派が喜ぶ政策のオンパレードを具体的に検証した。バイブル・ベルトと呼ばれる南部の州での中絶の極端な制限、3人の保守系の最高裁判事の任命、「国際的宗教の自由」法案の導入などである。香港での民主化運動の制圧は対キリスト教徒、そしてウイグル問題では対イスラム教徒への、中国共産党政権による弾圧であり、アメリカの対中国強硬外交は、実はこの「国際的宗教の自由」の理念からだ。これが本書で表現したかった、アメリカの宗教ナショナリズムである。

筆者は2019年7月にアメリカ国務省内で行われた「国際的宗教の自由」大会に参加する機会に恵まれ、世界中の宗教弾圧を受けている人達と出会った。その中にはアメリカ在住のウイグル人権団体の代表や、香港出身のプロテスタントの牧師、中国の法輪功の団体の信者の代表もいた。アメリカの宗教に対するこうした強い思いが、その政治や外交を動かしていることを日本の読者に知ってもらいたかった。

また主要都市の郊外には、メガチャーチと呼ばれる2千人以上を収容出来る巨大な教会が全米で5千近くある。これらは単なる教会ではなく、福祉を担い、またエンターテイメント機能を持つ。本書にはこのメガチャーチのリストも掲載されている。

本書はワシントンなどで行った多くの団体(大学を含む)、ロビー・グループへのインタビュー記録でもある。日本人が普段行かないキリスト教保守・右派系のロビー団体に通いつめてのインタビューも多数ある。ワシントンにはあまり知り合いがいなかったが、日本の大使館や研究者、ビジネスマンに助けられながら、芋づる式に人脈ネットワークを手繰り、これが面白くて中毒になった。

キリスト教ロビーを通じて、アメリカ政権の中枢に近い団体とこれらの人達がどう繋がっているか、その一端でも解明することが、筆者の研究の醍醐味の1つである。

『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』
松本 佐保
ちくま新書
240頁、902円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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