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【執筆ノート】
『ドキュメント 日銀漂流──試練と苦悩の四半世紀』

2021/04/09

  • 西野 智彦(にしの ともひこ)

    TBSホールディングス常勤監査役・塾員

就職先の通信社で日銀担当記者を命じられたのは、1988年10月だった。右も左も分からぬまま、着任2カ月後に突如平成の幕が開き、その後、バブル崩壊から金融危機、未曾有のデフレへと日本経済は転げ落ちていく。96年に放送局に移った後も経済報道に携わった私は、この歴史的な金融動乱を後世に書き記すことこそがジャーナリズムの務めだと思い、濃密な検証取材を続けた。今回上梓した「ドキュメント日銀漂流」もそうした作業の一環である。

思えばこの30年で、日本経済は見る影もないほど変わってしまった。かつて「Japan as Number One」と称されたのが嘘のように、バブルの後遺症で不良債権の泥沼に喘ぎ、世界最悪の公的債務を抱え、潜在成長率の趨勢的低下に苦しむ。そんな極限の状況下で、よりによってコロナ危機の直撃を受け、財政は今や底が抜けた状態にある。それでも経済が何とか回っているのは、日本銀行が異次元緩和という「魔術」を駆使し、通貨を大量に撒いているからだ。

ただ、「魔術」だけにリスクも大きく、いずれ重い副作用をもたらすのではと案じる専門家も少なくない。

このような異例、異形の政策が、なぜ導入されることになったのか──。私は、過去に遡り徹底的に調べる必要があると考えた。この先、経済や暮らしが元に戻れば良いが、万が一、子や孫たちが想像以上の経済的苦難に直面し、「どうしてこんなことになったのか」と疑問を抱いたとき、その答えを探す糸口を残しておいた方がいいと思ったからである。

詳しくは拙著に記したつもりだが、大まかに振り返ると、バブル崩壊と1997年の日銀法改正が迷走の発端となった可能性が強い。歴史の教訓に倣って政治的独立を目指した中央銀行が、奇しくも同じタイミングで起きた金融危機と、その後のデフレによって「後退戦」を強いられ、意図せざる異次元緩和の世界にずるずる引き込まれてしまったのだ。

将来の検証に供するため、拙著では一切の論評を控え、いつ、どこで誰が何をしたかを記録することに専念した。できればこれらのファクトから民主主義下の中央銀行と通貨管理の難しさを感じ、そのあるべき姿を広く議論してほしいと願っている。

『ドキュメント 日銀漂流──試練と苦悩の四半世紀』
西野 智彦
岩波書店
360頁、2,750円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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