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【執筆ノート】
『「小さな主語」で語る香港デモ』

2021/04/27

  • 石井 大智(編著)(いしい だいち)

    香港中文大学大学院修士課程・塾員

本書は異なる背景を持つ14人が2019年以降の香港での抗議活動・政治的混乱をどのように経験したか記したものだ。筆者は14人に何度も質問を投げかけ、香港デモにどのような感情を持ったのか細かく記してもらった。さらに執筆者それぞれの生い立ちや社会的立場についてもくわしく触れ、多様な背景を持つ人々が住む香港において、彼らの考えがどのように形成されたかも読者が追えるような本となっている。

米中関係の火種として注目が集まる香港は「習近平国家主席が」「トランプ大統領が」といった「大きな主語」で語られやすい。香港で何が起き、現地の人々が何を考え、その背景となる人生を彼らがどのように歩んできたのかはなかなか語られず、だからこそ「小さな主語」で香港デモを語る本を企画した。香港各地で起き過激化することもあった大規模なデモとそこでの警察との激しい衝突は、人々の日常生活にも大きな影響を与え、デモと無関係でいることは不可能だった。デモへの賛否で社会は大きく分断され、香港のあらゆる社会空間は政治化した。本書には、学校・教会・恋愛・手話教室・アカペラサークルという多種多様な関係がどのように政治化したのかが描かれている。

香港に限らず、世界ではさまざまな社会分断と極性化が起きており、筆者は本書の編集を通して「大きな主語」がいかにそれを生み出しているのかを実感した。例えば、香港ではデモ支持者のことを黄色、政府支持者のことを青色と色分けするが、黄色や青色とされた人々の中にも本来さまざまな考えが存在するはずだ。しかし、色分けは社会を二分化し、それぞれの色の中の多様性を無視する。「小さな主語」はこのような色分けの解体にもつながっている。

私が学部を過ごしたSFCはさまざまな分野を扱っており、どの研究室も現場重視なのは共通している。現場の言葉を丁寧に拾い上げることの重要性は学部時代に実感したことであり、それは「大きな主語」による言説が氾濫する時代においてはより重要になる。本書が香港に関心を持つ人々だけではなく、そのような「小さな主語」による語りに関心を持つ人にも届くことを願っている。

『「小さな主語」で語る香港デモ』
石井 大智(編著)
現代人文社
432頁、4,070円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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