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【執筆ノート】
『英語独習法』

2021/03/26

  • 今井 むつみ(いまい むつみ)

    慶應義塾大学環境情報学部教授

英語とは長いつきあいだ。英語でメールを書き、論文を書き、友人や共同研究者とZoomで話す。英語を使わない日はない。しかし、「自分は英語ができる」という感覚はない。英語は(というより母語である日本語を含みすべての言語は)奥が深く、学べば学ぶほど、その複雑さ、精緻さ、豊かさに感嘆し、自分の力のなさを痛感する。好きだけど、難しい。もっと知りたい。もっとよい表現があるはずだ。そう思いながら毎日を過ごしている。英語の学びに(日本語の学びにも)終わりはない。

しかし、世の中では、「すぐに英語がマスターできる」と謳っている書籍や広告がいたるところで見られる。そんなに簡単ならなぜ日本国民がこれほど悩むのだろう。そもそも「英語ができる」とか「英語をマスターする」とはどういうことだろう。

私の広義の専門は認知科学で、母語の習得と概念の発達、言語と思考形成について研究している。認知科学の観点からいうと、学習の躓きには必ず原因がある。私の苦手は、冠詞、名詞の可算不可算、前置詞と時制だ。英語母語の子供はなんなく使いこなすのに、これらがこんなに難しいのはなぜだろう。しかし数ある英語学習本でその疑問に答えてくれるものは見つからなかった。ほとんどの本は英語のあるべき姿、つまり英語の規範を解説し、日本人はそれをこう間違うよ、という指摘をしている。しかしなぜ日本人が間違うかについて書いたものは見当たらなかった。

学習者の1人として、この疑問に答えたい。なぜ多くの人が英語に困難を覚え、躓くのか、さらにどのように学習したら困難を乗り越えることができるのかを認知科学の知見を活かして書きたい。こう思ったのは、実は2010年に『ことばと思考』を出版した直後だった。10年の間、書きたいピースは色々あったのに、それをどのように1枚の絵にまとめるかがわからず、描き出すことができなかったのだ。その間に、母語の習得の本(『ことばの発達の謎を解く』)と学習の認知過程についての本(『学びとは何か』)を上梓した。英語学習は、この3冊のテーマが真ん中で重なるところにあるので、外側の3つの輪を描くまでは重なり部分が描けなかったのである。

『英語独習法』
今井 むつみ
岩波新書
288頁、880円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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